The Last Sanctuary of This Galaxy
豊島園駅が人類最後の楽園と言われて(主に僕に)久しいが、数年ぶりに訪れたがその思いはより強まるだけだった。ワーナー・ブラザーズと東京都が結託し、としまえんを今春より段階的に閉鎖する。その後にできるのはハリー・ポッターランドだ。その計画を表明したとき一つの歴史が幕を閉じることが運命づけられた。その決定をした東京都知事には、いつか楽園からの刺客によって正義の鉄槌が下ることだろうと思う。 (何なら僕がその天軍を率いたっていい)
西武池袋線、もしくは大江戸線の豊島園駅は都内で最も過小評価されている駅で間違いがない。なぜならばそれは、美味しい食事、喫茶店、遊園地、プール、映画館、何よりも庭の湯という都内屈指の温泉施設があることによって、一日を完璧な形で過ごすことができる唯一の場所だからだ。庶民の暮らしの延長線上で味わうことができる理想形であり、まさに楽園(エデン)。都会の中に産まれた牧歌的な風景は、まるでテレンス・マリックの唯一の良作『天国の日々』を思い起こさせる。帰りの電車では、いかに大江戸線の電車内がうるさかろうと、池袋での乗り換えがめんどくさかろうと、きっとあなたも清らかな気持ちでいられることだろう。
としまえんの魅力は語るに尽きない。まず、混んでいない。圧倒的な敷地面積を誇る同施設だが、いかなる週末においても混雑しない。休憩をするためのベンチが集まったレストエリアは常にガラガラだし、園の中心に位置するフードコートは200席はありそうなくらい広いがマジで人が居ない。更に天井が高く窓も大きくて開放感があるし、点在する客同士の距離感が絶妙に会話が聞こえないくらい広いので、広いのにほぼ個室にいるかのような安らぎがある。アメリカンダイナーのようなパステルカラーの配色の柱や椅子に越しかけて食べるのはなぜかインドカレーだし、手軽に飲めるチャイやコーヒーは1杯100円。どこぞの遊園地でその2倍は出して食べるものがここでは通常よりも安く、美味しく食べる事ができる。このフードコートでしばらく座ってくつろぐというのも、他のどこでも味わうことができない魅力的な体験の一つだ。なにもないのに、ただ時間をつぶすのにはうってつけで、窓から見える景色や変わりゆく空の色を眺めるのは至福のひとときだ。
古いアメリカンな数々のアトラクションは僕のような人種を惹き付けてやまないわけだが、乗ってみるとその魅力が更にわかる。空中でぐるぐると回るブランコに乗った夏の夕暮れ。ノスタルジックな風景が回転しながら夕焼けに染まっていき、はしゃぎまわる子供の姿が視界の端々に映っては消える。ピカピカと光るゴーカートはまるで映画のワンシーンに出てくるように思えるし、アンティークの置物をそのまま大きくしたような豪華なメリーゴーランドの美しさは他の人気の遊園地にも劣らないだろう。そうしたアトラクションの脇には手作り感溢れるビニールや木箱でできた乗り物が雑に置かれていたりする。そのギャップがなんとも愛おしく、ここにしかないものだと思えてきて尊く感じられる。そうして時代を超えて継ぎ接ぎされてきたものこそが、他には再現のしようのない物語を生むのだと思う。そう思うと、誰も乗っていないゴーカートの照明や、ミラーハウスのイルミネーションが宝箱の輝きのように心に刺ささってくる。
季節の催し物も忘れてはならない。夏は大きな流れるプールやウォータースライダー、冬はアイススケート、そして釣り堀がオープンする。流石に夏の時期は人で賑わうがそれも悪くない。何より、どれだけ人がいてもお互いに無関心で各々の時間を過ごしているというのがとても心地がよい。変に気張ったりおしゃれをしたり、なにか楽しむためのしきたりを守る必要もなく、ただそこにいることに価値があるという稀有な場所が、こことしまえんだから。
としまえんの最高なところはこれだけでも魂が十分に潤う体験だと言うのに、まだまだ終わらないというところにある。 疲れた体を癒やすのは、至近にある庭の湯という最高の銭湯。18時以降は1200円で入ることができ、水着で入れるバーデエリアには広々としたサウナや温水プール、ゆったりとくつろげる寝椅子がある。更に、サウナや寝椅子のあるバーでエリアは露天となっていて自然の風を感じることもできるし、月や星々を見上げることができる。わかるだろうか、冬の冷え切った体をヒノキの匂いのする広々としたサウナでカンカンに温めた後、冷たく綺麗な空気を全身に感じながら冬空を見上げることの快感を。深呼吸をすると、白い息とともに体の疲れやストレスが空気に溶け出していくのが感じられるはずだ。もちろん通常のお風呂やサウナも最高で、一人で入れる露天風呂(通称Cill Pot)や、キンキンに冷えた水風呂は銭湯ライフには欠かせない。 脱衣所に戻りがてら、最後にいい匂いのするミストサウナで暖まればもう思い残すことはないだろう。
脱衣所には水着の脱水機があったり、冷たい水も飲めるし、ありとあらゆるアメニティがしっかりしているのでまったくストレスがない。更に入場に際してローブとタオルも無料で貸し出されるので、リラックスした格好で2階のリラクゼーションエリアや、マッサージを受けることもできてしまうし、なんならご飯も食べれるしお酒も飲めてしまう。
としまえんの夜はまだまだ更けない。ここで日中の疲れを吹き飛ばした後に待っているのは焼肉山河という素晴らしい焼肉屋だ。格安で食べることができるお肉はどれも美味しく、いくら食べてもお腹がいっぱいにならず最後まで美味しく食べる事ができる。近くのイタリアンや焼き鳥屋も風情があり非常に良い。ここまで来ると、こんなに幸せでいいんだろうかという気持ちになってくるし、いつもなら疲れて帰る時間なのに依然として元気な自分に不思議さを覚えるだろう。これは「としまえんハイ」と呼ばれる特有の現象で、豊島園駅周辺に充満しているセロトニン分泌を促す大気中のToshimaen Acidの作用とされる。
さすがにここまできたら終電でそれぞれ帰路につくというのもいい。しかし、レイトショーのユナイテッド・シネマとしまえんという素晴らしい体験もわすれてはならない。系列の中でも特によい映画のラインナップであるというだけでなく、IMAXにも対応しているし、なにより座席がフカフカで座り心地が抜群にいい。そしてガラガラだから心ゆくまで爆眠ができる。もちろん映画を見るのに集中してもいいかもしれない、それも大事なことだけれどいくら寝ていびきをかこうがほぼ人に迷惑をかけることはないのが精神的に楽でいい。なによりガラガラの映画館って本当に最高。
ハリー・ポッターランドの存在によって奪われる価値の総量は、時間軸も考慮すればUSJなんて全く目じゃない(行ったことない)と思う。としまえんが変わってしまう前に、存分にこの体に刻み込んでおきたい。 そして、この記事を読んだ人にこの魅力が伝わってほしいと切に願う。