SANTA BARBARA 20191119
サンタバーバラに向けて車を走らせる。対向車線はひどい渋滞だが、それがLAらしいとも思える。湾岸沿いの景色はとてもきれいで、昔Amtrakに乗って見た景色を思い出した。見渡す限りどこを見てもスケールが大きなアメリカの景色だけれど、自然の近くを走っているときが一番気持ちが良い。お腹が減ったらたまには小麦粉でないものを食べたくなる。途中で立ち寄ったベトナム料理屋の名前は「Phoever More」。くだらない名前を最高だなあと思いながら、お腹がいっぱいになるまでフォーを食べる。そこから1時間ほど車を北に向けて走らせるともうサンタバーバラだった。以前にサンタバーバラに訪れたときは、自分自身の居場所ではないと感じたけれど、今回はどうだろう?
早速、事前に調べていたスリフトに何件か向かってみたのだけれど、どれもとても良かった。今回の旅のキーアイテムとなる僕たちの間でHobo Jacketと呼んでいるLLビーンのジャケットが安く手に入った。なぜこれをそういう名前にしたかというと、このあとチェックインをするモーテルの近くに秘密がある。街のデパートやスリフトを一通り回ったあとに、街の外れのほうにあるモーテルへとチェックインする。前来たときにはこの街に一人もホームレスを見かけなかったが、僕たちのモーテルの前に一人それらしき人を見かけた。彼は緑色のオーバーサイズのジャケットと、赤いキャップをかぶっておりとてもセンスが良く見えた。そして僕が買ったジャケットにとても似ていた。僕がこのジャケットを羽織るとき、道路脇にぽつんと立っていた彼のことを思い出す。
モーテルにはプールが付いており、季節外れだけれど「使ってOK」とのことだったのでプールサイドのベンチに腰掛けてゆっくりした。サンタバーバラの町外れは実は落ち着いていて、いい意味でローカルさが残っている。ヒップさやハイソな感じはなく、かといって身の危険を感じることも一切ない。近くにあった「ジョバンニズピザ」という名前のピザ屋は圧巻で、壁に掛けられた数々の写真、アーケード機を置いた店内、机に引かれたチェックのクロスや手作りのチラシがどれも最高だった。ピザの到着までだいぶ待ったけれど、しっかりと焼き上げられたモチモチのピザは素晴らしく美味い。どこまでも伸びるチーズがジューシーで、耳のところもパリッと揚げられたような食感で、今まで食べたことのないタイプのピザだった。壁にはこの街一番のピザだ!という賞状がたくさん掛けられていたことも頷ける。なによりここに来る人達の表情が良かったし、ちょっと薄暗い店内の光のこもり具合が映画のような色合いを醸し出していて恍惚としてしまう。
この街にわざわざ来た理由はこの日の夜にあるBuilt to Spillのライブ以外の何物でもない。「Keep it Like a Secret Tour」と銘打った今回のツアーはUSインディー好きなら絶対に欠かすことのできない往年の名盤の再現ライブだった。全米の各都市で数日に渡り開催しているが、LAとポートランドではソールドアウトしていたために、今回サンタバーバラまで足を伸ばすことになった。彼は飛行機に乗れないので国外にツアーで訪れることは絶対にない。だから、わざわざ日本からこうして赴いて彼の歌声を聞く必要があった。ライブ会場は少しおしゃれなライブレストランのようなところだった。前座のバンドが出てくるまでの間、テラス席でコーヒーを飲みながらタバコをふかす。周りにはいい感じのおっさんやヒップな若者、明らかになにかキマっている人など多くの人達が談笑していた。最初のバンドはSunbatheという聞いたことのない人たちのライブだったが、これがまた素晴らしく良かった。昔懐かしい男女混合パワーポップバンドで、おしゃれで可愛い感じで、曲も聴きやすくすぐに彼らが今後売れていくのだろうということが想像できた。2バンド目はSlam Dunkという名前のトチ狂ったパンクバンドだった。とにかく動きが激しいし曲も激しい。曰く、彼らがいたからBuilt to Spillのフロントマン、ダグ・マーシュは再度音楽活動を再開することができたらしいがその理由はいくら聞いてもわからなかった。テンションの上がった客がうざ絡みをするわ、前列でBuilt to Spillの地蔵だった50歳くらいのおじさんはモッシュに潰されかけてブチ切れるわで大変な状況だった。
肝心のBuilt to Spillのライブはというと、度肝を抜くような轟音だった。あの巨体から発する繊細な歌声はかき鳴らすギターにほぼすべてかき消され、耳の中にノイズと轟音がひたすらに流れ込んでくる。『Carry the Zero』は僕が知る限り最もかっこいいギターロックの一曲であり、僕がギターで演奏できる数少ない曲でもある(なぜなら4つのコードの繰り返しだから)。そしてこの日聞いた『Carry the Zero』はこれまで聞いてきた音源とは全く似ても似つかない、轟音の波と化していた。そんな中でもフロア中の観客が彼に視線を注ぎ、ともに歌う。その光景がとても尊くて涙が出そうになる。彼は自分自身のことがきっと嫌いなのだろうと思う。彼は演奏中フロアを見ないし、仲間の誰とも目を合わそうとはしなかった。自分の曲を目をつむりながら淡々と演奏をしていった。MCはほとんどなし。アンコールでは僕も知らない誰かのカバーを演奏していたが、これもまた轟音で何が演奏されているのかを判別することすら困難だった。自分の中の世界がこんなにも美しいなんてちょっとずるくはないだろうか?
こんな日の夜はデニーズに駆け込みたくなる。親切な店員、頼んだパフェはまごうことなきカロリーの暴力。丁度いいコーヒーで流し込みふけていく夜を楽しみ尽くした。