Landscapes in the Mist
突然の体調不良により、予定していた燕岳への登山は断念せざるを得なかった9月最初の三連休。体調の改善の兆しを頼りに、友達の力を借りて美ヶ原高原へと小旅行へいった。美ヶ原高原美術館にはいつか行きたいと思っていて、なかなか行けていなかった。行きは6時間の道程、渋滞にガッツリと巻き込まれて予定よりもかなり遅れて長野県へとついた。
つい数ヶ月前も来た松本市街を歩いて回る。偶然開催されていた松本古市へと向かう。時間ギリギリに滑り込んだ会場では、素敵な小物がたくさん並んでいた。そこで気に入った変な色の器を2つ格安で手に入れることができた。長野県はもう秋で、川沿いを歩くとトンボが飛んでいた。夕暮れの陽の光や山並みにかかる空の色が夏の終りと秋の訪れを感じさせる。この街は小さくて、親しみやすく、歴史が感じられてとてもいい。古い喫茶店や洋食屋が市街にたくさんあり、落ち着いて散策ができる。決して派手な街ではないけれど、僕のような人間にとっては過ごしやすいところだ。ホテルにチェックインしてから、前も言った郊外の「夢大陸」という巨大なセカンドハンドショップに向かう。古着の品揃えが見事で、レアそうなアメカジの品々が割と安い値段でぽんぽん見つかる。ペンドルトンの半袖シャツは3000円。だいぶ状態がよい。その他、当たり障りのないシャツを何着か買った。お金が許せばほしいものはくさるほどあるのだけれど、、、もし古着に抵抗がない人がいたらこの夢市場での宝探しを松本旅行の一つに組み込むことを強くおすすめする。
気がつくと夢大陸での宝探しは2時間をまわり、もうあたりは真っ暗になっていた。松本の夜は早い。9時には多くの店が閉じてしまう。そんななか、ホテル近くに見つけた「ラーメンQ」という名前のラーメン屋に入り、餃子とラーメンを頼む。間違いなく正解だろう、と言える味だった。僕はよほど気に入った店ではグーグルのレビューを投稿する。もし気になった人がいたら言ってみてほしい、町中華が好きな人だったら絶対に間違いがない選択だと思う。
https://goo.gl/maps/hRrTNWtvaQukuPS48
松本の繁華街の少し外れたところにある街によく馴染んだラーメン屋。一言で例えるなら、家の近くにあってほしいラーメン屋、ないしは家の近くにあったら毎週必ず一度は通ってしまうラーメン屋、とでも言えるだろうか。 決して広くはない店内にはタクシーの運転手や、近所に住む人たちが次々と訪れる。(タクシーの運転手が訪れる店は間違いない、という法則が適用される) シャキシャキとした食感のモヤシとネギがたっぷり入ったQラーメンは500円。僕が頼んだ生姜ラーメンはそこにさらにおろしたての生姜がこれでもかと入ったもので、さっぱりとした醤油ベースのスープに清涼感とパンチを加えていて素晴らしくうまい。この味を求めていたんだよな、と心の隙間を埋めてくれる安心感のある味。 手作りの餃子はパリッと焼き上げられた皮に、にんにくの効いた柔らかい餡が入っていてとても味わい深い。そしてこれも400円ととても安い。 常連の人たちの頼み方を見ていると、まずビールと餃子。ひと段落した後にシメにラーメンを頼むのが一般的なようだ。つまり、飲んでからここに来るというより、ここで飲んでさらにシメるということかもしれない。つまりこの店一軒で夜を満足とともに完結できてしまう。ビール、餃子、ラーメンの完全なる三位一体は松本の隠された小宇宙と言えるだろう。100万点。
次の日は早めに起きて、当初の目的だった美ヶ原高原美術館へと向かう。途中の道はひどく狭い山道だった。加えて天気が崩れてきて、写真で見ていたような美しい光景は見れるのだろうか、と不安になった。この高原へと向かう途中の一部の道は「ビーナスライン」と呼ばれ非常に美しい景色が楽しめるドライブコースとして有名だった。僕はその時寝てしまっていて見れなかったが、この美しい景色は霧に包まれて一切見えなかったそうだ。
高原美術館で朝ごはんを食べてから鑑賞へと向かう。この美術館は箱根の彫刻の森や、ヴァンジ庭園美術館のような屋外の彫刻作品を鑑賞できる美術館らしい。しかし、その2つの美術館とは広さの桁が違う。高低差が100mはありそうな山の斜面に配置された巨大な作品群は圧倒的な迫力だった。加えて、本来は抜けるような青空の下で鑑賞すべきものだと思うが、この日は霧。まるでタルコフスキーの映画のような濃い霧に包まれる奇想天外なフォルムをした彫刻や、超巨大な彫刻群はもはやシュールレアリスムの世界のようにすら見える。それがものすごく良かった。歩くたびに霧の中から現れる変な形のオブジェクトが次々出てくるし、高低差のある中で作品を見下ろしたり、見上げたり、様々な作品を同時に視界の中に入れることができる。どこから見ても、美しく見えるよう配置を考慮して設計したとしか思えないこの庭園の素晴らしさは、なかなかこれまで体験したことがないものだった。自分の体調が悪いことも忘れてあるきまわってしまうほどに素晴らしかった。どの美術館ガイドにも、この高原美術館を霧の日に見に行けとは書いていないと思うが、間違いなく霧の日に見に行くのが正解だと思う。
高原美術館を降りて、高速道路に乗る前に「中込駅」という長野の端のあたりにある街へと訪れた。たまたま訪れた喫茶店がこれまた素晴らしく、人生ベスト5には入るであろうかという内装、そしておいしい食事。調子に乗ってパスタの他にフルーツがたくさん乗ったパフェも食べてしまい、一人で2000くらいは使ってしまったかもしれない。古いスピーカーから流れるクラシック、店の歴史をそのまま表したかのような気品のあるランプやソファ、テーブル。2階は貸し切りのスペースらしいのだけれど、店のおばさんが快く見学をさせてくれた。緑のソファやカーペットがこもった光に照らされていて、静かに佇んでいるさまはそれだけで絵になる。こうした歴史の積み重ねられた空間が、日本のどこかに残り続けてほしい。もし自分が早く仕事を辞めたとしたら、そうした風景を残すために喫茶店の跡を継ぎたいと本気で思ってしまうのだけれど、この店もまたそうした気持ちにさせられてしまう場所だった。人生、思ったとおりにはなかなか行かないのだけれど、時たまこういう奇跡のような旅ができるから、予定を変えることも悪くはない。