ESSAYS IN IDLENESS

 

 

SEE EVERYTHING ONCE / TRIP TO SOUTHERN DAY32

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目が覚めると足がキンキンに冷えている。身体がガチガチに固くなっている。ナッシュビルの朝はだいぶ寒くいつまでたっても何かしようという気持ちにならない。ジャケットを着込んで外に出ると風は冷たく、息は白い。特大サイズのコーヒーをいつものように2ドルで買い、ファミリーサイズのm&m’sを一握り分まとめて頬張る。カフェインとカロリーを流し込んで強制的に身体を暖める。そういえば、昨日の夜は警察官の補導に怯えながら寝たのだけれどなんとか職務質問されずに済んだようだ。運が良かった。早朝のナッシュビルをドライブして回るけれど正直見どころがよくわからなかったのはこの街が音楽の街だからだろう、つまるところ夜にならないとこの街の本領は発揮されないということだ。灯りの消えたネオンやゴミの散らかった路地裏は祭りのあとのような雰囲気だった。

ケンタッキー州へと向かって車を走らせていく。ケンタッキー州と言えばフライドチキンとバーボン、あとそれ以外はよくわからないが、とにかく道は芝の緑と快晴の空の青色で綺麗だった。ホプキンスビルと言う名前の小さな街に着く。お腹が減った所に入らずには居られない佇まいをしているハンバーガー屋を見つけた。フェレルハンバーガーと言う名前の店で、その店に入ろうとした時に隣の店で店番をしていたおばちゃんに話しかけられた。このハンバーガー屋がとても美味しいということと、大恐慌の時代から100年近くも続く歴史があるということ。それを聴いたらますます入らないわけには行かなくなり、常連でひしめく店内へと歩を進めた。店は狭く、席は7-8席のカウンターのみ。にも関わらず次から次へとお客さんが入ってきて、その全員がおそらくは常連と思われる人たちだった。僕が席につく前に30個以上のハンバーガーの注文が電話で入っていたらしく、焼き担当の気の強そうな金髪のおばさんは額に汗を光らせながら鉄板に20個以上のバンズとパテを敷き詰めて次々にひっくり返していた。コーヒーやスープ、そしてレジを担当するのはオーナーだと思われる背の低い強面のおばあちゃん。奥でひたすらにパテをこねていたのは金髪の腰が直角に曲がった可愛らしいおばあちゃんだった。みんながみんな忙しそうにするものだからなかなか注文できず、結果こんな狭い店でオーダーするまでに10分くらいは待っていたような気がする。自分がもしかしたら忘れられているか差別されているか、そのどちらかなんじゃないかと不安になっていたけれどおばあちゃんが申し訳なさそうに注文を取りに来たので笑顔でハンバーガーとコーヒーとスープを注文した。僕が注文を終えると目の前でパテを焼いているお姉さんが電話を受取り「今40個待ちってとこよ!!」と電話口で半ばキレ気味の応対をしていた。僕のハンバーガーは暫く来そうにはなかった。おそらくそこから20分くらいは待っていただろうか。その20分の間、この狭いダイナーに流れる時間を観察していた。人々の行き交いや、聞こえてくる音、ハンバーガーを心待ちにする少女や少年のキラキラとした目線。地元民らしいおじいちゃんや新聞を読みながらテイクアウトを待つビジネスマン風のおじさん。内装は完璧なアメリカンダイナーの様相で、緑と白のタイルで作られた壁紙や、それにあわせて作られた緑の合皮張りのスツールが最高の雰囲気を醸し出していた。やっと出てきたハンバーガーはとても油っこくてシンプルな味だった。塩と胡椒、そしてピクルスの酸味と玉ねぎの辛さ。それにマスタードを自分でかけて食べれば雰囲気込みで100万点の味がする。熱いコーヒーで口の中の脂っぽさを流し込んで、もう一杯コーヒーをもらう。自分のいる場所が時間をかけて楽しむべき空間だとわかると、コーヒーはより美味しく感じるのだった。僕が店を出ようとした時に入れ違いで小さなぽっちゃりしたピンク色のTシャツを着た女の子が入ってきた。彼女は恥ずかしそうにハンバーガーを2個とコーラを注文した。

ホプキンスビルを超えて更に西へと真っ直ぐ向かう。ホプキンスビルから北の方に行けば歴史の教科書によく出てくるレキシントンがあるが、この州をゆっくりと回っている時間がないので西へ西へと進んでいく。すぐ近くにランド・ビトウィーン・ザ・レイクス国立保養地というそのままの名前の自然公園がある。そこも車から眺めを楽しむにとどめ、更に西へと向かっていく。ヒックマンというミシシッピ川沿いの静かなスモールタウンに夕方前にたどり着いた。この町ではミシシッピ川に落ちる夕焼けを眺めることができた。港沿いのエリアは完全に人のいない廃墟と化していたけれど不思議な美しさが残っていた。建物もまだまだ全然使えそうだったし、ゴミも何も落ちていなかった。ただ人だけがいなくなったように街の片隅がそのまま残り、綺麗な静けさだけが残っていた。更にこの街に走っているシーニックバイウェイを北上しコロンバスの街を目指していく。視界の限りに広がる草原に遠くに建っている木立の長い影が落ちる。脇に見える川にはフェリーが作った波紋が立っているのが見える。日が沈み切る前に更に美しく夕焼けが見えるスポットを探して走り回る。なんとか小高い丘にある公園を見つけ、そこに車で乗り付けて川を見下ろした。燃えるような赤色に川が染まっていく。公園の木々も地面も全てが赤い光に包まれていくのは壮大な眺めだった。アメリカをここまで3度横断し、今が4回目の途中になる。つまりミシシッピ川を渡るのが4回目ということになる。折に触れてこの川を見ている気がするけれどその度に感動をする。ミネソタで見たイタスカ、ミシシッピ川の源流。ミシシッピ川中腹のアトキンスの街でみた田舎のスケーター。ニューオーリンズで見たミシシッピ川の終焉。そのどれもが自分の中で鮮明に思い出すことができる。そして今回のこのヒックマンもまた然り。この川の美しさと雄大さはまさに普遍的なものだと思う。

寝床を探して更に北上した。ウィクリフという街についた頃は夕焼けが沈んで辺り一面が深い青に包まれる時間帯だった。その深い青の中に巨大な光る十字架を見つけた。ぼーっとしていたものだから一度通り過ぎてしまったのだけれど車をUターンさせてその十字架に近づいた。何のために立っているかわからなかったがとにかく大きな十字架が立っていて、それがすごく綺麗だった。辺りが暗闇に包まれるまでその十字架の近くにあったベンチに座って目の前に流れる川を眺めていた。

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