ESSAYS IN IDLENESS

 

 

SEE EVERYTHING ONCE / TRIP TO SOUTHERN DAY28

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朝目覚めるとジメッとした空気があたりを包んでいた。昨晩食べたデニーズのジャンバラヤが完全に胃もたれを起こしていて寝覚めが悪い。いつものように2ドルで特大のコーヒーを注文し、そこにバニラとヘーゼルナッツのクリームをこれでもかというくらい入れる。それを飲みながら外のベンチに腰掛けて煙草を吸っていると向かい側に座っていた白人のおじいさんに話しかけられた。「お前はどっから来たんだ?」「日本からです。でも今はアメリカ中を旅しているところなんですよ」「ほお、そうか。ミズーリ州やコロラド州にはいったか?あのあたりには良い洞窟がたくさんあるんだよ」。話していて分かったが、どうやらおじいさんは退役したあとにアメリカ中を冒険していたらしい。基地を移り変わるとそのあたりのハンティングスポットやアドベンチャースポットを探しては仲間と一緒に探検をして回っていたらしい。その中でも、身体をねじって入っていくような天然の洞窟が一番面白いからお前も絶対いったほうがいい、とのことだった。それ以外にもアメリカで就職をする方法や、今の政権への絶望感など様々なことを話した。いつの間にか40分ほど時間が経っていて、奥さんがトラベルストップの奥から出てきたところで大きな緑色のジープに乗ってどこかへと走り去っていった。これからもどこかへと旅へ行くのだろうか?生きている中でこれほど充実した時を過ごせる人は少なくとも日本では出会ったことがなかったけれど、アメリカではそこらじゅうにこんなに自由で生き生きとした人たちがいるように見えてならない。

この日は本当に一日中雨だった。トランプ大統領の別荘があるというパームビーチのあたりを通り過ぎたあたりはもう暴風と豪雨で身動きが全く取れなかった。道路には40センチくらいは水が溜まっているように見えたし、このまま走り続けたら床下から浸水して車が故障しかねないと思うくらいに状況は酷い。対向車から何度も大量の水をぶちまけられて波でも起きているのかと思うほどだった。途中でパンダ・エクスプレスの不味すぎるパサパサしたテイクアウトの中華を車内で食べて一休みしながら、雨風が過ぎ去るのを待った。なんだかんだこうした異常事態というのも実は楽しいもので、逆に目や頭が冴えてくるような気がしてくる。窓ガラス越しの風景はいつもより彩度は低いが雨に滲んだ景色はソールライターの写真のように見えなくもない。過ぎ去っていく車のライトや信号機の光がぼやけて見えるのは美しい。フロリダ州をそのまま北上していくといつの間にかジョージア州へと入っていた。何時間運転していたのか定かではないが、本当にこの日はドライブしかしていないし、雨が止んだときは一瞬たりともなかった。森の中の田舎町のガソリンスタンドで車を停めて水やコーラを買い足して、入り口脇の喫煙所で煙草をふかしていると黒人の親子や若いカップルが「なんでこんなところにアジア人がいるの?」とでもいうような視線を浴びせてくる。それが良いか悪いかはわからないのだけれど、僕の身なりが貧相で汚いからか何かやっかまれたこともなかった。ガソリンスタンドの大きな屋根に雨が打ち付ける音がする。屋根の縁からたまった雨水が落ちてきて、けたたましい音をたてながら地面にぶつかる。店のネオンの灯りで降り注ぐ雨の筋が見える。ゆっくりとした時間が流れていて、何も起きなかったし何もできなかった一日だったけれど、それも悪くないと思えた。

そこから出発して更に北を目指す。途中で雨脚が急に強まったので休むことにした。民家の前の路肩に車を停めようとした時、急に視界が暗転した。ドスン!という音がしたと思ったら車に大きな衝撃が伝わる。どうやら路肩の脇にあった2m弱はありそうな深い溝の車ごと落ちてしまったらしい。僕はジェットコースターが急降下していくときのような体制で、地面の方を見ながら必死にハンドルにつかまっていた。恐る恐るアクセルを踏み直すと車が少しだけ前に進み、水平を取り戻すことができた。状況を整理すると、道路と民家の間掘ってあった深さ2m、幅2ほどの溝にすっぽりと車ごと入ってしまったらしい。窓ガラスからはほぼ何も見えないが、角度的に45度はありそうな斜面があり、雨が降り注ぐ夜空が見えた。この坂を登りきらなければ僕は今日始めてロードレスキューを呼ぶことになる。ものは試しということでギアをローに入れてアクセルを踏む。エンジンが大きな音をたてる、ゆっくりと車が進んでいく。車が斜面を登り始めるがなかなか登りきらない。ハンドルを何度も切り返し、前後に出たり入ったりしながら登れそうなスポットを探す。垂直に登るのではなく、斜めに進んでいこうと思ったので思い切り車を後ろに下げて、傾斜に対して斜めに車を突っ込ませた。「ガツン!」という音がして車が大きくはずんだが、このジープは健気に坂を登り始めた。この時の車の振動は凄まじい。ほぼ天を見つめているのではないかと思えるくらい車が傾いていて、こんな状態でも車は前にすすめるものなんだと感心した。このときの状況を表すとするならば「インターステラー」でマコノヒーがロケットに乗って宇宙に行くときのような感じかもしれない。自分の背中が地面と平行になるまで傾いているのではないか、そしてこの振動、今から宇宙に向かって飛び出してもおかしくないくらい僕はアクセルをベタ踏みしていた。すると視界が道路に戻る。再度「ドスン!」という音と縦方向への揺れを伴って、車は道路に復帰した。きっと後ろから来ていた車は何が目の前で起きたかわからなかったと思う、なぜなら何もなかった溝から突如としてジープが現れたのだから。慎重に車線に合流し、自分の息を整えた。これは今までで一番危ない瞬間だったような気がする。そして何よりもこの堅牢なアメリカの国民車、ジープという乗り物への感謝と敬意を感じざるを得ない一日だった。もしまた僕がアメリカを旅する機会があったとしたらまたジープを選ぶだろう。

hiroshi ujiietravel