ESSAYS IN IDLENESS

 

 

SEE EVERYTHING ONCE / TRIP TO SOUTHERN DAY40

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昨日ようやく眠りについたのは深夜3時を回った頃だった。ラスベガスの朝の風景をどうしても見たくて、朝五時半、朝焼けが見え始める時間にトラックストップから車を走らせてもう一度ラスベガスへと向かった。睡眠時間が短く、身体はとても重く、疲れていた。朝のラスベガスは生暖かく、車も殆ど走っていない。昨日の夜には騒々しく嫌になるほど輝いていたカジノやレストランのネオンも、ドレスアップをした陽気な人々もどこにもいない。ゴミだらけの歩道をうろつくのは昨日高架下でみたようなホームレスの人達だった。周囲が徐々に明るくなるにつれてこの街の全貌が明らかになっていく。大通りから少し外れると住宅地や学校がある。住宅街の街路樹はヤシの木で、並んでいる家々は豪邸かと思いきや、わりと普通の家が多かった。朝焼けの光を浴びながら、静かな住宅街を歩いていると気分が徐々に高揚してくるのは、この光景がとても美しいものだったからだろうと思う。昨日までは自分と切り離された異世界のように感じられたこの街のことを少しだけ好きになれそうなきっかけが掴めた。もしまたアメリカに旅をすることがあれば、誰かとこの街に来て一晩でも、二晩でも過ごしてみたいと思った。きっとラスベガス郊外のダイナーなんて最高の雰囲気がながれているだろうし、昨日は疎外感を感じた夜の風景も楽しく思えるだろうから。メインストリートを何度も車で行ったり来たりしながら、この街に来た理由の一つでもある「ある場所」を探していた。その場所は「パラダイス」と言う名前だった。その「パラダイス」という場所は大きなストリップ劇場の裏手にあり、その年のアメリカではとても大きな話題になった銃乱射大量殺人事件が起きた場所だった。2017年10月1日に、とあるカントリーミュージックのフェスティバルがこのパラダイスで行われた。会場の隣のホテルであるマンダレイ・ベイ・リゾート アンド・カジノの32階から改造された自動小銃が乱射され、述べ546名の人間が怪我を、58人もの人間の命が奪われたという史上最悪の銃乱射事件が起きた。それが僕がこの土地を訪れた2ヶ月ほど前の話だった。犯人が宿泊していたホテルはその時の様子そのままに黄金に輝いていたし、昨日の夜に出歩いていた人たちを見る限りその事件のことなんてなかったことのように思えた。パラダイスの裏手は大きな大きな空き地になっていた。これだけ建物が密集した地域にこれほどの規模の更地がある事自体なにか異常に思える。その更地にはおそらく土壌汚染のため立入り禁止の看板が建てられていた。その隣にはプライベートジェットが並んでいる大きな飛行場があった。広大な空き地には無造作に放置されたままのトレーラーや、ホームレスの人達が残していったゴミや生活用品が転がって乾いた風に吹き晒されていた。車から降りてその空き地の周辺を歩いていると、鉄柵の奥には毛布にくるまって寝ているホームレスの人たちのコミュニティがあった。深い眠りについているのだろう、僕には目もくれずまったく起きる様子もない。空き地の端からラスベガスの町並みを見つめると、キラキラと煌く壮大なビル群が遠くに見える。僕のいるこの大きな更地は存在が認識されていないぽっかりと空いた穴のように感じられた。自分が立っている場所から眼を凝らしてよく見ると、そのビル群の中に光る小さな十字架が見えた。それがラスベガスのパラダイスだった。

ラスベガスのマクドナルドでシェイクを買い(In-And-Outがあいてなかった)、片手に持ってすすりながらルート66をくだり、モハーブ砂漠へと向かった。荒野の中をぐんぐんと進んでいくとひときわ険しいオフロードで車がうんともすんとも言わなくなってしまった。タイヤは空転し、ギヤを上げても下げても、ハンドルをいくら回しても抜け出せそうになかった。砂漠というだけあって、もちろん周りには家はおろか電波すら無い。そうした状況の中でスタックをしたとしても、今の自分はわりと落ち着いて物事を考えられていることに驚く。一度車から降りてタイヤの周りの状況を確認すると、凹凸の激しい道のせいで片方の後輪が浮いていること、接地しているもう片方の後輪は大きな石が車止めのように挟まっていてジープの強靭なエンジンでも動かせないくらいガッチリと固定されていた。照りつける太陽と乾いた風のなか、いったん水を飲んで、頭から水をかけて、煙草を吸って一休みをする。一段落してから接地した後輪の下の砂をひたすらに素手で掘って大きな石を取り除いた。大きな石を取り除いた空間に小さな石や砂をそのあたりから大量に拾い集めてきて詰める。その状態で一度エンジンをふかしてアクセルをかけると、詰めた石や砂が一瞬で吹き飛びまたタイヤが空転を始めてしまった。また一から砂と石をあつめ、水をかけたりしながら密度を高めたり、順番を工夫しながら詰め込んでいった。何度目かのトライのあとアクセルを踏み込むと、ジープはぐいと前に進んで溝から出ることができた。我ながら生きていく力がついてきたなと実感する。とはいえ、砂漠の怖さを実感した瞬間でもあった。

カリフォルニアのルート66は最高だった。これまで見てきた風景の中でも群を抜いて自分が憧れてきた風景に近い。ベンダースや数々の写真家が写真に収めてきたロイズモーテルにたどり着いたときには本当にテンションがあがった。ガソリンを入れようかと思ったけれど観光価格で1ガロン6ドル(普通の2倍位の価格)したのでやめた。スタンド脇のキオスクで瓶のコーラを買い、入り口に置いてあるベンチに座って飲んでいた。たくさんの観光客というか旅人が次々と訪れる。それこそタンクトップにホットパンツといった出で立ちのカリフォルニアの女の子っぽい人、ごついバイクにのった革ジャンを来たイージーライダーそのまんまみたいなナイスミドル達、カメラを持った老夫婦に、写真家のようにたくさんのカメラを体中にぶら下げた頭の良さそうな若者。ガソリンスタンドの脇には壊れたモーテルがそのままにされていた。中には放置された白いマットレスや、埃を被った机が置いたままで、割れた窓ガラス越しにそうした風景を見るのはとても楽しかったし、美しいと思った。遠くから見ても色あせたロイズモーテルのサインは綺麗で、砂漠とその上に広がる素晴らしい青空によく映えていた。道路を挟んだ向かい側には郵便局があり、その更に奥には更地にぽつんと佇む教会があった。廃屋に差し込む光や、その中に(わざとらしく)放置されたピアノ、地面に落ちるガラスの破片がひたすらに美しかった。夢中で写真を撮っていると、グループで来ていたおじさんたちに話しかけられた。日本に彼らの子供がいることや、それまで彼らがしてきた旅のことなどを話した。「ソルトン・シーにはいったかい?サルベーションマウンテンには?」と聞かれた、それに対して実際に行ったことがあって、自分で見てきた光景や雰囲気について具体的な話ができることがこれほど嬉しいということにはこの時に気がついた。彼らも僕の嗜好がわかったようで「この日本人の若造は一味違う」みたいな目線で僕を見てくれたのが嬉しかった。なぜか僕のポートレートを撮りたがったおばさんのために、苦手だけれど廃屋の前でポートレートを撮られたりもした。「It’s a bit still(まだちょっとカタイね)」と言われたので全力で愛想笑いをした。「いつか有名になったらこのポートレートを使うのよ」というジョークも気が利いていた。「このルート66の先にバグダッド・カフェという場所があるんだけれど、たぶん僕はそこに行きます。きっとあなた達ともそこで再会すると思います」と別れの挨拶をつげて、ロイズモーテルを跡にした。この場所がなぜたくさんの人々に愛されるのか、写真に収められるのか、その理由がわかった気がした。そしてアメリカの人たちはこういう風景が好きだということも身を持って知ることができたと思う。ルート66の道中にはなぜだか廃屋がたくさんあり、壊れて放置されたトレーラーや家を夢中で写真にとっていた。それはなんだか映画の一コマのようで、灼熱の砂漠において非常に魅力的な被写体だった。廃屋に刻まれた十字架やグラフィティ。放置されたショッピングカートなど、少し気味の悪いものが青い空と強い日差しにさらされてなんともいえない美しい光景になっていた。そのせいでまったく先に進めず、予定よりも相当に遅れてバグダッド・カフェにたどり着いた。

バグダットカフェは本当にあった。元々は別の名前で営業されていたらしいのだけれど、映画へ使われたことをきっかけにバグダッド・カフェとして営業を始めたらしい。このあたりにはダイナーはおろかグロサリーストアすら見つからない。家はぽつぽつとあるのだけれど庭も家も荒れ果てていて、金網で囲われていた。僕がカメラを持ってそのあたりを歩くと荒れ果てた家から猛犬が何匹もダッシュで走り寄ってきてよだれを振りまきながら血走った眼で吠えてくる。「あっちに行かないと噛み殺す」とでも言っているのだろうか、金網にガシャンガシャンと体当りしながら全力で威嚇を繰り返す彼らはとても怖かった。そんな環境に囲まれた中にバグダッド・カフェはある。トレーラーもきちんととなりに放置されたままだった。ちょうど夕暮れ時だったので周囲の様子をひとしきり写真をとっておく。店の様子や、大きな駐車場に放置された三輪車、野ざらしにされたソファ。眼に飛び込む全てが不条理演劇のような配置で佇んでいるのだけれど、僕の中ではその理が理解できるように思った。中に入ると仏頂面のおばちゃん4人が接客してくれて、客は僕しかいなかった。店の中にはものすごい数のお土産物が置いてあり、ここに訪れた人が残したメッセージが至る所に書き残してある。この店のオススメをきいたらバッファローの肉でできたバッファローバーガーがおすすめだというから、そのハンバーガーとコーヒーをもらい辺りの様子を眺めながらゆっくりと食べる。店の内装は昔ながらのダイナーと言った様子そのままで派手な色のカウンターも、赤いボックスシートも最高だった。赤いボックスシートに座って談笑している店員のおばちゃんたちはフットボールの動向に一喜一憂したり、運転免許や健康保険の話をしていた。接客のことなど構わずポテトを食べながら、きっと毎日にこうして過ごしているのだろう。僕以外にお客さんなんて来なかったのに、こんなに店員を雇っていて良いのだろうか。どうやってこの店を運営維持しているのかわからなかったけれど、この雰囲気がこの世界からなくなってほしくないから、アメリカ政府ないしはカリフォルニア州はこの場所を永遠に守り続けてほしいと心から思う。少しするとオーナーと思われる男性が入ってきて、やさしくこちらに挨拶をしてきてくれた。肝心のハンバーガーの味はというと、いわゆる普通のハンバーガーに思えた。バッファローの肉の味がなにか特徴があったかと言われれば思い出せる違いは特になかった。コーヒーをたくさんおかわりして、店の外で煙草を吸って、またコーヒーを飲みながらこの日にあったことを持ってきていた手帳に書き残す。そうしているうちに辺りは夕暮れになり夕陽が窓から差し込むようになった。良い時間だ、そう思ってお会計を済ませてからトイレに行く。トイレにもたくさんのメッセージが壁一面に書き込まれていたのだけれど、その中の一つに「Fagbad Cafe」という心無い書き込みを見つけて残念な気持ちになった。それ以外はあらゆる意味で完璧な場所だった。

バグダッド・カフェから出て街灯一つ無い道路を進んで行く。自分以外にはすれ違う人も車ももちろんない。トラックストップについてからシャワーを浴びる。つい先日まで寒さで凍えていたというのに、今日は半袖だけで過ごすことができた。なんなら日焼けをしていて身体が火照って心地が悪い。冷水で身体を冷ましながら今日は本当に素晴らしい景色を眺め続けることができた一日だったとしみじみ思った。危ない場面も、ラスベガスの裏表も、砂漠の中に佇む静かなカフェも、その全てが完璧なアメリカの風景だった。そんなことを思いながらシャワールームを出て、ロビーの脇を通り過ぎる。ワッと歓声が上がったかと思うと、トラックドライバー達がフットボールを見ているところだった。何から何までアメリカの風景に囲まれた一日だった。

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