SEE EVERYTHING ONCE / TRIP TO SOUTHERN DAY26
「俺は冬のフロリダなんて行きたくないね!」と言っていた友達の話を思い出したのは、朝方に車に叩きつけるように降る雨の音で眼を覚ましたときだった。いつものように車の後部座席に敷いた寝袋にくるまって寝ていると、そのやたらと騒々しい雨音で否応なしに起こされる。顔を洗いにトイレに駆け込む少しの間に身体はびしょ濡れになってしまい、早くこのエリアを脱出しないと身動きが取れなくなってしまいそうな気さえした。僕の調べたところだとフロリダは「サンシャインステート」と呼ばれるくらい晴れの日が多いらしいのだけれど、どうやら冬はそういうわけにはいかないらしい。あまりにも雨が強くてワイパーを最大まで早くしても、大きな雨粒が無数に降り注いでしまうとまったく何も見えなくなってしまう。道路には水が溜まってまるで漫画のように水を吹き飛ばしながら対向車が走ってくる。さすがにこれはたまらないと思って道中見つけた駐車場に車を寄せて雨が弱まる瞬間を待った。
遠くのほうが少し明るくなってくると雨も弱まり、安全に走れるような気がしてくる。眠気覚ましにコーラを一気に飲み干して気合を入れてハンドルを握り直す。そのままマイアミ方面を目指して車を走らせてフロリダ州を南下していく。途中オカラという名前の小さな街を通り過ぎる中、また大きなドライブインシアターを見つけたので車をUターンさせてその駐車場にねじり込んで入っていく。広いドライブインシアターの会場の隅の方ではコミュニティマーケットのようなものをやっていて、地元の人達がフリーマーケット的にアンティークや食べ物などを販売していた。もちろん昼間だし映画もやっていなかったので、そのフリーマーケットをチラチラと見てみる。古い椅子やテーブルが10ドルとか20ドルくらいで叩き売られているのを見ていると喉から手が出るくらい欲しくなるのだけれど、僕の車にはこの素晴らしい家具を乗せるスペースなんて一ミリたりとも残されていない。ドライブインシアターは大きな扇型の野球場のような作りになっていて、後ろのほうにいくほど高度が上がるように傾斜が付けられている。ひとえにドライブインシアターといっても様々な作りがある。バッターボックスのあたりに大きなスクリーンが一つ設置されていると例えた場合、ピッチャーマウンドのあたりにはポップコーン売り場が設置されている。そのポップコーン売り場の可愛らしい壁画は1960年代を引きずったようなモチーフが描かれていて愛着が湧いてくる。家族の団欒、家族のいる風景が浮かんでくるような気がしてくる。何も写らないスクリーンには何かが確実に写っているように感じるし、ポッカリと空いた観客席にパラパラと落ちているお菓子やポップコーンの屑がやたらと感傷的に感じられてしまったりもした。
道すがら、トランプ支持者の家を何軒も見つけた。その支持者の家の庭には使い捨てられたピックアップトラックや便器が放置されていて危ない雰囲気が漂っていた。それとなくその家の前に車を止めて中にいる人の様子を伺ってみたけれど、人が住んでいるのかどうかわからないくらい敷地は荒れ果てていた。それは湖沼地帯付近のジメジメとした空気と生ぬるい風、そして雨が過ぎ去ったあとの曇り空と相まって相当に不気味な雰囲気を醸しているように見えた。前回の台風の影響だろうか、道路脇のビルボードのサインは壊れていて、標識はひねられるように曲げられていた。何かこの先の旅が不穏なものになりそうな予感がしてきて不安になる。もしかしたら危ない地点に足を踏み入れてしまったのかもしれないと思い、足早にそのエリアから逃げるように走り去った。遠くまで何時間も車を走らせて、手近なトラックストップで休憩をしていると体中にかゆみを感じた。なぜだろうと注意深く観察していると良く聞き慣れた音とフォルムがあたりから微かに感じられる、そう、蚊だった。しかも日本の蚊よりも遥かにでかくて吸引力がありそうだった。1本煙草を吸い終わるまでのほんの数分の間に両手両足を10箇所以上も刺されていた。刺された箇所も大きく腫れて痒みもひどく、絡みつく湿気も気持ちが悪くてだいぶ気落ちしてしまった。明日からはキーウエストを目指すこともあって、どうか明日だけは晴れてくれと祈りながら眠りについた。