SEE EVERYTHING ONCE / TRIP TO SOUTHERN DAY20
一人で旅を始めてからほとんどの朝をトラックストップの駐車場で迎えている。深夜近い頃に駐車場に車を停めて、シャワーのチケットを買って(意外と高いと思うかもしれないけれど、だいた15ドル前後。キャンプーもタオルも全て込み、ドライヤーもついてる)、熱いシャワーを浴びてから一杯のコーヒーを飲む。その日あったことをや考えたことを忘れないうちにメモを取り、写真を取り込んで充電も済ませてからトランクにセットした寝床で休む。朝起きてからまずすることはトラックストップのトイレで歯をみがき、顔を洗い、その足で1杯2ドル前後の特大のブレンドコーヒーを買う。ミルクと砂糖を多めに入れてカロリーを補い、熱々のカップを持ちながら恰幅のいいトラックの運転手の並ぶ列につける。どのトラックストップでも「最高の一日を!」とか「運転気をつけてね!」と言って送り出してくれるのだけれど、人と話すことが滅多にない一人旅ではこうした何気ない挨拶も嬉しい。運転席に座りながら、カメラやパソコンの充電を確認し、その日の目的地を地図を見ながら適当に決める。この日の目的地はルイジアナ州ニューオーリンズ、ジャズの生まれた街だ。寝たのはテキサカーナというテキサスとルイジアナのちょうど境くらいにある街の郊外にあるトラックストップだった。ニューオーリンズにいくということはルイジアナ州を北から南までまた戻っていくということだった。地図の示す到着時刻は今からまっすぐ順調にすすんだという過程で8時間を越えていた。おそらく11時間くらいはかかってしまうだろう。
ルイジアナ州に入って最初に見つけた街が「Ida」という廃れきったスモールタウンだった。ボロボロに壊れた小さな牢獄や古びた教会が美しい。そのまま森の中の下道をラジオを聴きながらゆったりと進んでいった。ロードサイドにやたら十字架や教会が多いのが目につくと思ったら、ラジオからはキリスト教の説法が聞こえてきた。おそらくローカルのラジオだと思うのだけれど、神父がひたすらに生き方やものの考え方をキリスト教の教えを通して語っていた。その声色は優しく諭すというよりもノリのいいラップのようですらあった。おそらくルイジアナ州の北部の田舎の地帯は相当に信心深いエリアなのだろうとその時に気がついた。そんな折、道中に狂った数の十字架やキリスト像を庭に並べている民家を見つけ、思わず車を停めてしまった。鉄柵に囲まれてはいるが中にはまだ人が暮らしているようで、僕が車を停めると同時に鉄柵のぶつかるほどの勢いで獰猛な番犬が走り寄ってきて今にも噛み殺さんというような勢いで僕のほうへ向かって吠えだした。中の人が出てきたらやばいと思い、すぐに車に戻って運転を再開したが、未だにあの家はいったいなんだったのか全くわからない。一つ言えることとしては間違いなく正常な人間のしでかすことではないということだった。
その後はひたすらに南下をしていくだけだった。綿花のプランテーションを横目にみつつ、風景を楽しんでいるとわりと10時間のドライブもあっという間だ。おそらくこれが日本だったとしたらそうはいかないのだけれど、ろくに対向車も信号もないような道を風景を楽しみながら運転するだけなので思っているほど苦ではない。むしろ綺麗な景色や変わった建物を見つける楽しみのほうが大きい。何か不安なことがあるとしたら、僕が通らなかった道に何か素晴らしい景色が実はあるんじゃないかとか、面白そうな建物があるんじゃないかとか、有名な作家の生まれ故郷なんじゃないかといったことくらいで、それを気にし始めると自分の一生を費やしてもアメリカの旅は終わりそうにない。夕方頃になるとニューオーリンズの近くまでようやく来ることができた。東側にミシシッピ川の下流を望みながらゆっくりと進んできたから、想定よりもだいぶ時間がかかってしまった。ダウンタウンに行くのに大渋滞に巻き込まれてしまったこともあって到着したころにはすっかり夜になってしまっていた。川沿いの駐車場に車を停め、出立の準備をして車から降りると早速ジャズの生き生きとした音色が豪華な客船から聞こえてきた。この一瞬の出来事ですぐにこのニューオーリンズの街は間違いなく素晴らしい場所だと確信した。勇み足でダウンタウンへと向かうとあたりはライブハウスだらけ。バーでもレストランでも路上でも、ライブハウス以外の場所でも音楽が聞こえない場所がないくらいだった。ジャズの街だからジャズしかやらないという勝手な先入観があったのだけれど、少し覗いたバーではなぜかレディオヘッドのCreepを演奏していたり、ビートルズのDay Tripperを演奏していて、ちゃらそうなおじさんやおばさんがそれに合わせて陽気に踊っているのが面白かった。この雑多なバーのネオンが輝くエリアはバーボンストリートという場所で音楽を聞くにはもってこいの場所らしいのだけれど、それと同時にいかがわしい店へのキャッチやスリ、盗難などのトラブルが多発するスポットらしい。一人でカメラを携えて歩くアジア人なんて格好のカモだろうと思うのだけれど、早足で歩いているせいか何のキャッチにも引っかからなければ危ない目にも合わなかった。単純に貧乏そうに見えただけだろうか。いい街というのは治安が悪かろうがなんだろうが、とにかく活気と熱気に溢れている。ギラギラに光るネオンサインを見続けていると勝手にアドレナリンが分泌されて目が覚めるし、なぜかバキバキのダンスミュージックも大音量で流れていたりするので否応なしにテンションが上ってしまう。路上には物乞いの人たちもたくさんいるし、見るからに危険そうな人たちも少し外れたところにはたくさんいる。だけれどもそれは等価交換のようなもので、光が強いところにはより強い影ができてしまう。それはアメリカをここまで3/4ほど回ってきているから直感的にわかる。このバーボンストリートや海沿いのフレンチクォーターのあたりはその熱気が夜遅くまで続いていた。もう少し身軽で懐事情にも余裕があれば伝統的なジャズのライブハウスでジャズの生演奏を見てみたかったのだけれど、小さなバーや路上でやっているライブをコーラ片手にみたり、ライブハウスの音漏れと、ガラス越しに演奏をするプレイヤーたちを眺めることが精一杯だった。でもそれでも本当に楽しかったと言い切れる。この街には遠くない将来、美味しい料理と素晴らしい音楽を味わうためだけに誰かと一緒に訪れたいと思った。
アップタウン地区という少し外れたところにあるローカルなダイナーに入ってみることにした。メニュー表を見るとあまり馴染みの無い名前が並んでいたのだけれど、その中で一つだけ「ガンボ」と書かれたメニューを見つけた。クレオール料理が好きな友人からニューオーリンズに行った際には絶対食べろと言われていた品だったので、ひとまずガンボと大きめのハンバーガーを注文してみた。僕が入ったときにはガラガラだった店内だったがポツポツと若くておしゃれな人達が入ってくる。そういう場所は正解だと相場では決まっている、自分の店選びの審美眼も旅を経てどんどんと研ぎ澄まされてきているのを感じる。出てきた料理はどれも本当に美味しかったのだけれど、特にこの本場のガンボだけはとりわけ強く記憶に残っている。ガンボはオクラとピーマンや玉ねぎなどの野菜、甲殻類や肉を合わせて煮込んだドロっとした赤いスープなのだけれど、今まで食べてきたスープの中でも一番に美味しかった。少なくとも一年以上アメリカに滞在してきて口にしたものの中では一番美味しかった。この料理は自分にとっての革命だった。あまりにも美味しすぎたので小さなガンボをもう一杯追加で頼むと、カウンターのお兄さんが「そんなに美味しかった?ガンボはどの店でも味が違うから、いろんなお店でトライしてみるのがオススメだよ!」とアドバイスをくれた。そこから、これまで財布の紐を固く縛ってきたこの一人旅だけれど、ニューオーリンズでは全部外食で、毎回ガンボを頼むことを心に決めた。その場で日本でガンボを食べられるレストランも調べたし、自分でガンボを作る方法も調べてしまった。このアップタウン地区は夜は静かだったけれど、夜遅くまでどのカフェもレストランも開いていた。深夜も近いと言うのに、テラスでコーヒーを片手に本を読んだり、チェスを打ちながらおしゃべりをしている人もいた。若い人たちはお酒を飲みながら仕事の打ち合わせらしきことをしていた。観光スポットの喧騒から離れた場所、そして時間に地元の人達の暮らしはあるのだろう。そしてその姿を見る限りこの街は自分に合っていそうだと直感的に思う。最後に音楽のかかった住宅街の端に位置したバーに立ち寄ってコーヒーを1杯だけ頼んだ。レコードでサラ・ヴォーンがかかっていた。地元のおじさんたちで賑わう店内はいくら居ても飽きることはなかった。