SEE EVERYTHING ONCE -DAY13-
ニューハンプシャーとバーモント州境のガススタンドで眼を覚ます。今日も二度寝でだるさの残った身体を引きずりながら車から這い出る。昼前の陽気な日差しが気持ちがいい。深呼吸をすると少しだけ目が覚める。残りの眠気はコーラを流し込んでどうにかする。ガソリンを補給し、車のフロントガラスを念入りに綺麗にする。(アメリカの道路を走っていると、本当に信じられない数の小さな虫をフロントガラスやバンパーで轢き殺してしまうのだけれど、そういった虫がこびりついてしまうと視界が悪くなってしまう)
バーモント州で行きたかった場所は一箇所だけあって、それは昔何かの映像で見たサーシャ・テューダーという絵本作家の暮らす家だった。彼女のことを絵本作家というべきか、アーティストというべきか、園芸家というべきかは悩むところなのだけれど、とにかくバーモント州の田舎で慎ましい暮らしをしている素敵なおばあさんだ。彼女はテクノロジーとは無縁の、昔ながらの生活を100年以上前の英国式の素敵な家で、愛犬のコーギーと一緒に送っていた。季節が来れば蜜蝋を手作りしたり、孫の誕生日には人形を手縫いで作ったりしているのを見たことがある。納屋にかけてある農作業用の鍬や鋏は彼女が10代の頃から使っているもので(ウォーカー・エバンスの写真のようだった)、その彼女が長い年月をかけて作り上げてきた庭こそが、多くの人がこの場所を訪れる理由になっていた。僕もその一員になりたかったのだけれど、検討が甘かった。なんと彼女の家は訪れる前年から予約を行わなければならず、訪れる前日になんとかしようと思っていた自分を殺したくなる。ひとまず電話をかけてみるも、定員に空きがないということでやむなく断念。また別の機会にバーモント州を訪れてみようともう。
一休みしたあとに眺めのいい道をゆったりと走る。空気の冷たさはもう秋の到来を告げていて、道の脇の森林が少しずつ紅葉し始めている。ニューハンプシャーの秋晴れの空にこのカラフルな森はよく映える。道の脇には清流や湿地帯、湖がたくさんあり、そのどれもが今までみた湖とは違い、水草が生えていたり、倒木があったりして、美しい絵画のような佇まいだった。北アメリカではこのような形で小さな湖をよく見かけるのだけれど、それは氷河由来で出来たものらしく、そのため水の透明度が非常に高く青々としていて美しい。そんな素晴らしい景色に眼をとめつつ、目的地のメイン州へと向かう。途中にあったグラナイトレイクでは、美しい家々が湖畔に佇んでいた。ドライブをしてから1時間も経つと早速メイン州へ、これまでの西側の州がどれだけ大きかったのかがよくわかる。メイン州に入ると、その家々の美しさが際立つ。アンティークマーケットがそこら中で開催されていて、軒先にはもってけドロボーよろしく、アンティークの無料の椅子やら机やらがたくさん並べられていて、それを見る人達で賑わっていた。人々も明るく優しく、これまで訪ねた州の中でもとりわけ素晴らしいと思える場所だった。その後、ついにポートランドに付き、ケープエリザベスというランドマークへ。エドワード・ホッパーの絵画に出てきそうなその灯台は(エドワード・ホッパーの灯台の絵はケープコッドという場所らしい)、東海岸の潮風を受けながら海岸にそびえ立っていた。イーストコーストへと到着したという実感はあまりわかなかったけれど、煙草を吸いながら深呼吸をしているうちに達成感がふつふつと湧いてきて疲労感がどっと出てきた。そのあと別のビーチに移動し、光り輝く海岸線をみた。これほど美しい景色ああるだろうかというくらい綺麗なネイバーフッドで、これが東海岸の町並みなのかということと、やっと6000キロ近くもドライブしてきたという実感が湧いて泣きそうになった。この日が晴れてくれて本当に良かった。いつまでも海岸線を歩きながら人々の暮らしを眺める。明日の朝早く起きて住宅街や海沿いを少し回ってみよう。もし、今度この州に来ることがあったら田舎の方も含めて隅々まで旅をしてみたいと思った。2週間でアメリカを横断した。残り半分をあと二週間でと考えると、だいぶ急いできたはずなのに残り時間はそこまでない。最初は一人で夜を明かすのが不安で仕方がなかったときもあったけれど、危ない場面をたくさん経験しているうちにその感覚も擦り切れて、今では何が起きてもなんとかなるんじゃないかという気持ちしか無い。旅は人を変えるとよく言うけれど、自分ではあんまり変わった気はしないのだが、少なくとも肝は座ってきたかもしれない。実のところ、そんなことはあまり大したことじゃないのだけれど、とにかくアメリカを端から端まで渡ってみて、その大きさと風景の雄大さに圧倒されっぱなしだったと改めて思う。この経験は生涯忘れることはないのだろう。