SEE EVERYTHING ONCE -DAY8-
シカゴ郊外のレストエリアで目を覚ます。どうにか警察には目をつけられず夜を明かすことができたらしい。ドアの持ち手に擦り傷を付けられていて、誰か俺が寝てる間にぶつけたのかもしれない。それに気づかないくらい深い眠りだったようだ。小さなキズだしなんとかなるといいのだけれど。
昼の光でシカゴのビル群を眺めると昨日とはまた違った印象がする。シカゴへ向かう高速道路は通勤の人たちでひどく渋滞していたので昨日よりもゆっくりと見ることができた。街の中を見て回ったりもしたかったけれど、それはまたいつかここに来れた日にできればいいと思う。オーパークというシカゴ郊外にあるヘミングウェイの生家とロイドライトのスタジオへ立ち寄る。辺り一帯が閑静な高級住宅街で、家が果てしなく豪華だった。このあたりにこの2人は住んでいたのかと思うと、なんだかやるせない気持ちにもなってくる。ヘミングウェイの生家はオープンが1時、ライトのスタジオツアーは1時間半待ちということで泣く泣くどちらも諦るしかなかった。ヘミングウェイの家はアメリカ内にいくつか点在していて、そのうち有名なのはフロリダのキーウエストにある。たくさんの6本指の猫が住み着いていると言われているその家では、彼の名作と呼ばれる作品が書き上げられたことで有名だ。そしてこのシカゴのオーパークにある家は、彼が生まれ育った場所である。シンプルな白い外観の2階建ての家は外からでは周りの家との違いがわかりにくい、いや、むしろ周りの家々が豪華すぎて、決して貧相ではない彼の家が霞んで見えるくらいだった。モノ惜しげに家の周りをうろついていたら、もしかしたら心優しい人が迎え入れてくれるかもしれないと思ったけれどそんなことは起きなかった。彼の過ごした環境を見てみるために朝の散歩としてこのあたりを見て回った。もうイリノイ州は秋の様相を呈していて、吹く風が冷たく気持ちがいい。都会の喧騒はどこへやら、落ち着いた雰囲気が漂っていた。
ミシガンを目指し車を走らせる。アメリカの東側にはトールゾーンという料金支払のシステムがある。数マイル程度走るごとに課金される、アメリカ式の高速道路の料金所だ。州によって値段も、使っているICカードの種類も違うものだから、アメリカを横断しているこっちとしてはひどく億劫だった。もちろん現金でも支払いができるのだけれど、小銭しか受け付けないところもある。コインランドリーじゃないんだから!と思わずイライラしてしまう。小銭もないし、係員もいなかったので一回トールゾーンを無視して走り抜けた(あとからナンバープレートを割り出して若干増額して請求されるらしい)。そのまま走ると一瞬インディアナ州に入り、その後すぐにミシガン州に入った。五大湖沿いのミシガン湖の辺りにある砂丘を目指して車を走らせる。のんびりと車を走らせているうちにもう六時を回っていた。音楽を聴きながら五大湖沿いの絶景の中を走っていると時間も距離も忘れてしまうのだけれど、おそらく既に4時間くらいはぶっ続けで運転していると思う。砂丘についた頃には天気が悪くどうなることだろうと思っていたけれど、僕がいた時間だけ、そしてその砂丘のところだけが奇跡的な快晴だった。砂丘につくと、カメラを手に持ち、砂丘を駆け上がる。足の裏の感覚がふわふわとしていてクッションのような感触だった。砂丘の上に立つとミシガン湖が見える。湖面はキラキラと太陽の光を反射してオレンジ色の強い光。向こうにみえる雨雲の下には虹がかかっている。僕だけがその空間に一人ぽつんと立っていて、自分のつけた足跡しかなかった。まるで火星か月にでもきたような異様な雰囲気が漂っていた。僕のあとから子供の集団が砂丘を元気よく駆け上がってきて、はしゃぎまわっていた。子供のカラフルな服が砂丘の白い砂に映えて美しかった。
帰りにハイウェイに乗り、人気のない道を走っていると田舎の空に綺麗な満月が見えた。低く、大きく、完璧な満月だった。暗がりの深い青と黄色いコントラストが絵に描いたようだった。周りには誰もいなくて、自分の車だけが走っている。ふと、モグワイのTake Me Somewhere Niceが流れてきた。この曲を聴いたのは本当に久しぶりだったのだけれど、身体でこの曲の意味を理解できた気がした。どこかいいところにつれていってくれ、そんな意味の曲をどこだかわからないアメリカの田舎で聴いている。通り過ぎる地名の書かれたサインが次々に通り過ぎて行く。そのどれも一瞬で忘れ去ってしまうような名前で二度と思い出すことはないだろうと思う。自分がどこに向かっていて、今日はどこに泊まるのかもわからないけれど、ただ移動だけをしている。一人旅の寂しさとゆく宛の無さがこの曲の本質なのかもしれないと思った。