SEE EVERYTHING ONCE -DAY2-
デイトンの病院裏手で眼を覚ます。時間をみると5時半。昨日寝付けたのが12時過ぎだったことを考えると、普段の自分と比べると全く眠れていない。しかしこのままこの場所にとどまっているわけにも行かないので、歯を磨いて一服して、リンゴをかじりながらエンジンをかける。まだ寝静まった静かな田舎街をゆっくりと進みながら、次のどこともしれない目的地へと進んで行く。街から出ると一瞬で山間の道にでる。これまでの街の風景とは違い、荒涼とした荒野であったり、深い森の中を抜けていく。朝焼けの中、丘の上に並んで立っている風力発電機が青紫色の空に突き刺さるように出ているのが視線の先に見える。こうした人工物と自然とのコントラストは非現実的なほど美しく思わず見入ってしまう。
いつのまにかワシントン州を抜けアイダホ州へとたどり着く。近くのイカした外装のマクドナルドで一休みしてから、アイダホからモンタナへと抜ける山間の道を登って行くと、そこから川が200マイルほど続く。その川はクリアウォーターリバーという名前で、その名前の通りとてもきれいな川を眺めながらの4時間のドライブができた。途中途中で休憩を取りながら、流れている川を眺める。川はとてもゆったりと、輝きながら流れている。辺りの空気は山火事のせいで煙がちで、山間の澄んで冷たい空気とあいまって時が止まっているかのような美しさだった。深呼吸をすると運転の疲れがすっと空中に抜けていくような感覚を覚える。川沿いでキャンプを勝手にしてる人もちらほらと見かける。こちらに気づくと優しく挨拶をしてくれる。僕が川沿いで何度目かの休憩をとっていると遠くから可愛らしいその体を濡らした犬が満面の笑みで近づいてくる。僕の足にまとわりついて、手をせわしく舐めてくる。その可愛さに抗うことはできなくて、その犬を暫くなでていると遠くからいい感じに年季の入ったオーバーオールをきたおじいさんが杖を付きながら歩いてきた。「こんにちは」と日本語で挨拶をしてきてくれたので、この人が元々ミリタリーにいたということがすぐにわかった。「Thank you for your service、どうして僕が日本人だとわかったんですか?」と聞くと「長いこと沖縄にいたからね。それはそうとウチの犬が迷惑をかけてゴメンな」と返ってくる。そのおじいさんはどうやら古いフォードのバンに荷持をぎゅうぎゅうに詰め込んで愛犬とアメリカを旅して回っているようだった。「こんなご時世だからな、政治も全然ダメだし旅に出るしかないよ」と半ばあきらめのようなセリフを吐くと「ソレデハサヨウナラ、オゲンキデ」という粋な日本語を残して僕とは逆方向に川の流れに沿って下っていった。
ロロという街の近くの温泉を通り抜け、大きな幹線道路まででる。後から気付いたけれど、いつのまにかロッキー山脈を通過していたようだ。山を抜けるとそこはアイダホ州ミズーラ。以前イエローストーンに行った時に訪れた街だ。ここでガスを入れ、一息ついてからモンタナへと向かう。少なくとも今日中にまた宿を見つけなければいけない。メインのインターステートに乗り換え、80マイルオーバーで西へと向かう(この道は制限速度が80マイル、つまり140キロ超なのである)。するとすぐに辺り一面の空が灰色に染まり、雪か塵、もしくは灰のようなものが物凄い強風とともに窓ガラスに叩きつけられてくる。次第にその強風と粉塵に加え雨も混じってしまい暫く車を動かせなさそうになかった。偶然見つけたサービスエリアで車を停め、事態が落ち着くまで待っていた。するとハーレーダビッドソンにまたがった革ジャンのおじさんたちが駐車場に乗り付けていて、バイクのツーリングは天候に左右されて大変そうだなぁと思っていた。するとおじさんたちはそのハーレーダビッドソンから降り、後ろからやってきた巨大なキャンピングトレーラーにバイクを積み込み、そのまま自分たちもトレーラーの中に入ってわいわい楽しく酒盛りを始めてしまった。そんな光景をリンゴをかじりながら見ていた自分としては自分の侘しさがいたたまれなくなり、すぐに車を動かした。辺りはすでに暗くなっていて、適当に行ったスモールタウンは少し雰囲気が良くなく車を停めれそうなところがない。そして暫く車を走らせるとグレートフォールズという名前の街にたどり着いた。ハイウェイからこの街を眺めていた時、「カジノ」の文字が光り輝くのが見えた。モンタナ州はインディアンリザベーションが多く、つまりカジノが多い。カジノには昼も夜も問わず己の運を試し続けるトラック野郎が溜まっている。つまりこのカジノというのは一晩中車の出入りがあり、そこに車が一台くらい紛れていてもろくに気づかれたりはしないということだ。なんだか寝床の選び方のコツを自分で体得してきたような気がして、こんなどうでも良いことで誇らしくなる。それに駐車場をぐるぐると回っている時に、トレーラーはおろか馬までひっそりと眠っていた。きっとみんな同じようにこの場所を使っているに違いがなかった。静かな場所に車をとめて寝る準備をすると、この小さなジープが秘密基地みたいに感じられ、昨日まで感じていた不安がぴたりととまる。なんでもその日の精神状態次第なんだなということに気がついた。カジノの夜は長かったが、僕はその日の早起きの影響もあり一瞬で眠りに落ちていった。