ESSAYS IN IDLENESS

 

 

SEE EVERYTHING ONCE / TRIP TO SOUTHERN DAY8

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朝起きてまずすることと言えば近くにIn-N-Out Burgerがあるかどうかを探すところから始まる。毎日食べても飽きることがなく、何度でも美味しいと思える。呪縛とも言っても良いこの心地よい中毒症状はこの旅の間はしばらく続きそうな気がした。開店時間に合わせてパームスプリングスIn-N-Out Burgerまで車を走らせる。これが車を使った旅の最大の利点のような気もしてくる。いつも通りのメニューを頼み席に着くと、隣に真っ赤な帽子をかぶったおじいさんが一心不乱にハンバーガーを食べていた。そのおじいさんの帽子には「Make America Great  Again」という刺繍がされていた。そう言えばこの帽子をかぶっている人に会ったのは人生で初めてだった。トランプ政権が始まってからと言うもの、リベラルな州のカリフォルニアでこの帽子をかぶって出歩いているということの意味の大きさを感じざるを得ない。

ハンバーガーを食べたあとにノースショアにあるアルバート・フレイ建築のヨットクラブを見に行く。車で一時間位のドライブだが、あたりは閑散とした田舎の風景へと変わっていく。結果から言うとヨットクラブはこの日は開館しておらず、外側から施設を眺めるしかなかった。しかし、このあたりの荒涼とした雰囲気は建築を見るよりも遥かにエキサイティングだった。古びたサインや、グラフィティだらけの荒屋、青く輝く誰もいない湖。そのあたりを歩きながら写真に撮って回っていると遠くから誰かの叫ぶ声が聞こえた。初めはその人が飼っている犬に向かって声をかけているのかと思ったら、よく聞いてみると「おい!こっちは銃持ってんだぞわかってんのか!早くどっか行きやがれこのクソ野郎!!」みたいなことを僕達に向かって叫んでいるのがわかった。どうやらその人達の土地と思しきエリアに踏み込んでしまっていたらしい。聞こえないふりをしながら足早にそのエリアから立ち去った。少し車で移動すると完全に廃墟と化したガススタンドとグローサリーストアを見つけた。こうした場所に近づくのは度胸がいるのだけれど、構わず近づいて中を覗く。中にも近くにも既に誰もいない。グローサリーストアの壁に書いてある「BEER」や「ICE」といったペイントは何年もこの日差しを浴びたせいで日焼けをしていた。その色がとても綺麗だった。ガススタンドの屋根は破れてところどころ穴が開いている。ドアというドアはも破られて中にはグラフィティや落書きが所狭しと施されている。とっ散らかったスプレー缶やビール缶を見ていると、ここに訪れた若者たちのことを想像してしまう。旅をしているとたまに目にするこういう廃屋は言いようもない美しさ、美しさという言葉が適切かどうかはわからないが、とにかく魅力を放っている。そして、この廃屋以外にはあたりには何もない。風化した廃屋が広い空と砂漠の中にぽつんと孤立している、その様を眺めているのは幸せだった。

その後、パームスプリングスに戻りアルバート・フレイ建築のシティホールを見に行ったあとに、今日の楽しみの一つだったエースホテルへと少し早めに向かう。この旅で唯一の贅沢と言っていいこの体験だっただけに、僕達のテンションは上がりっぱなしだった。早くホテルに向かったのはこのホテルにプールやバーがついているからで、ここでゆったりすることも同様に旅の中の重要な要素だったからだ。おしゃれ過ぎるエントランスに入り受付へと向かうと、受付にいたスタッフがドジャースのキャップをかぶっている。「今日ドジャース応援するんですか?」と聞いてみると「もちろん!まちきれないよ!」というハイテンションの返答が。「今日のピッチャー日本人だって知ってる?」「ああ、きっと彼なら大丈夫さ!」僕達の夜の予定もワールドシリーズ観戦だった。勝利の祝杯を隣のダイナーで挙げられたら今日一日は完璧になるだろう。

パームスプリングスのエースホテルはモーテル、もしくは小さな団地のような場所をそのまま改修しやような作りになっている。団地のようなスペースの真ん中にイベントスペースやプールがある。ホテルのエントランスの正面にも大きなプール、そしてダイナーやバーが併設されている。僕らの泊まった部屋は広めの正方形の間取り。キングサイズのベッドにシングルが2つ。床と壁は打ちっぱなしのコンクリートで、壁にはブラインドや白い布がかけて目隠しのようになっている。ベッドサイドのスピーカーや、部屋に備え付けの雑誌、シャワールームの洗剤類はどれもいやらしいくらいおしゃれだった。男が三人いても特に狭さを感じないのは家具全体が低いレイアウトになっていたからだろう。この部屋にはいってまずやることと言えば、ふかふかのキングサイズのベッドにそれぞれ飛び込んでクロールをすることだった。

一休みしたところでホテルの施設を見て回る。オフシーズンということで安価に部屋が取れたのだけれど、それはどうやら本当らしい。僕ら以外の宿泊客はあまりいなかったし人とすれ違うこともなかった。プールサイドの椅子に腰掛けて夕日が沈むのを眺めている間は誰にも会うこともなかった。そういえば「あなた達はベストなシーズンに来たわね!」と受付で言われたのだけれど、パームスプリングスに来るなら夏休みが終わった10月11月あたりが一番良いのかもしれない。暑すぎもしなければ寒くもない、ちょうどいい気候だし人が少ない。逆にその言葉から想像したのは、LAの若者たちは男女グループで車に乗って夏休みにこのエースホテルで素敵な休暇を過ごすのだろうと思うと途端に惨めでやるせなくなる。それこそ「Homecoming」のPVのような世界観だろう。アメリカ人には逆立ちしても青春の過ごし方では勝てる気がしない。

部屋に戻りドジャース戦をテレビで見る。ピッチャーはダルビッシュ有、現状では日本人最強のメジャーリーガー。チームを優勝させるため、レンジャーズからシーズン途中にドジャースへと移籍しその結果を残してきた男だ。ポストシーズンに入ってからは成績が良くないのが気になっていたが、彼ならやってくれるだろうとみんな信じていた。しかし悲劇は起きた。1、2回とダルビッシュは立て続けに打ち込まれ一挙5失点。閉口してしまうレベルの大失態だった。各SNSではダルビッシュを揶揄する画像やポストが山のように投稿され、不謹慎ではあるが笑ってしまうレベルだった。そして何がまずかったかというと彼が降板した後にはドジャースは一点も失っていないということだった。結果的にドジャースは1-5でワールドシリーズ優勝を逃し、僕たちはみな一様に絶望的な気分になった。たらればの話をしても仕方がないのだけれど、もし彼が5失点をしていなかったとしたら1-0でドジャースは勝っていたことになる。特に3番手で出てきたクレイトン・カーショーのピッチングは素晴らしかったことが、ダルビッシュを責めるための燃料になってしまっていたことも不幸だった。「アストロズのMVPはダルビッシュ」とはめ込み画像を大量に投稿される彼を見ていると本当にやるせない気持ちになった。そしてこの敗戦によって僕たちはLAの街を歩けるのかと不安になるくらいだった。急に通りで「お前ら日本人のせいで!」と言われてビール瓶で殴られたとしても文句は言えないし、下手するとそういうことは本気で起きそうな気すらしてしまう。そして今日の昼に意気揚々と「日本人が投げるんだぜ!」と受付で豪語した自分の恥ずかしさに居ても立ってもいられなかった。特に僕はこの敗戦によるショックをかなり重く受け止めていてなぜだかわからないけど暫く暗い気持ちは晴れなかった。その後、オーラを消しながらダイナーへと入り三人でさもしく飯を食べた。もうヤケクソだったので、部屋でThe Chainsmokersの「Closer」をかけて踊り狂い、疲れたところで眠りについた。とても楽しかった。

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