ESSAYS IN IDLENESS

 

 

SEE EVERYTHING ONCE / TRIP TO SOUTHERN DAY9

Photo by So Asakura

Photo by So Asakura

パームスプリングスのエースホテルに後ろ髪をひかれながらこの素晴らしい街をあとにする。この街での思い出は一生忘れないだろうし、もし誰かが今後LAに行く機会があるならこの街まで是非足を伸ばしてほしいし、そして何も特別なことはせずにこの空気を感じて欲しいと思う。最後にもう一度アルバート・フレイのビジターセンターに行ってからLAに向けて車を走らせ、3人での旅の最後を飾りに元いた場所へと戻っていく。ハイウェイを走っていると、行きで見た光景が逆再生されるように感じる。BGMはBest Coastが流れている。モーテルに行く前にイームズファウンデーションへと赴く。LAの北側の海岸沿いにあるイームズの私邸の一つであるこの施設は今では観光地となっていて、事前予約さえすればツアーで見て回ることができる。ちなみに中を見るには$500以上も払わなければいけないので、当然僕たちは慎ましく外側から建物を見て回ることになる。数日前、酒に酔った武知が「俺の建築人生において、この施設のツアーは絶対にいかなきゃならない。俺が金を多めに出すからさ、内見のツアーにしよう」と言っていた。しかしその翌朝になると、その熱い気持ちはLAの空へと消えていき、普通のツアーを予約するに至った。結果から言えばこの判断は正しかったのではないかと思う。

イームズファウンデーションの近くの住宅街に車を停めて、坂を少しだけ歩いて下って施設へとたどり着く。サンタモニカビーチの見渡せる小さな丘の崖の上にイームズの私邸があった。館内には職員と思われる綺麗な若い白人の女性が3,4人ほど働いていて、僕達が予約した客であることを伝えると、施設の閲覧の仕方を今っぽい英語のイントネーションを交えつつ伝えてくれた。空間全体が大きなガラスと鉄骨で区切られていて、外からでも中の空間を見ることができる。決して広くはないのだけれど広々と感じられる空間は居心地が良さそうだと思った。アジアンテイストの置物はこのイームズ建築でもライトの建築でも見られるのだけれど、僕にはその良さが未だにわからずにいた。イームズファウンデーションは僕の予想よりも小さく、そして疲れていた。所々にほころびもあるように見えたし、手入れがされていない箇所もあるように見えた。名建築と言われるものに対して違和感を覚えるのも何様だという話なのだけれど、僕達の心はどこか満たされない気持ちがあった。その違和感の正体が「この建築が愛されていない」ということにたどり着くのにそこまで時間はかからなかったように思う。イームズのことを知ったのは、何かの機会に授業で見た「パワーズ・オブ・テン」という映画だった。もちろん元々イームズチェアのことは知っていたけれど、その時には彼らの偉大さや意匠設計の素晴らしさという部分に気づくことはなかった。ミッドセンチュリーデザインに惹かれ、その時代の作家や建築家の作品の図録を本屋で眺めることが増えると、必然的に彼らのデザインした家具や、その家具が置かれた空間を目にする機会も同様に増えていった。彼らの作る椅子は様々なモデルがあるけれど、そのどれもが完璧に空間にフィットしつつ、そして人間工学的なアプローチに基づいた理にかなった美しさを持っていたように思えた。もちろんまがい物のシェルチェアにしか座ったことのない僕はその感覚を知る由もないのだけれど、「パワーズ・オブ・テン」を見たときには彼らの洞察の深さや美意識の強さというものに漠然とした憧れを抱いていたように思う。であるからこそ、実際に彼らの建築を目にした時の落胆は大きく、そして深いものとなった。何かを見ることや体験することにおいて、鑑賞者が期待せずして期待してしまうことの多くは、作られたものに対する愛を感じることだと思う。僕は建築について多くを知らないし門外漢だ、しかしだからこそその部分を知らず知らずのうちに求めてしまうのだろう。良いと思うものの多くは愛によって作られる。機能美や使いやすさといった概念は愛がなくとも成立しうる、しかしその場所に留まりたいと思う気持ちやその場所をいつまでも記憶にとどめておきたいという気持ちは主観的なものでしかないから、人間の感性に訴えかける必要があるのだろう。

この旅最後の思い出になるのはダウンタウンのオルフェウスシアターで見るダニエル・ジョンストンのラストツアーだった。ダウンタウン近くのゲットーエリアを通って最後のモーテルへとたどり着く。狭い駐車場に車をねじ込んで、荷物を運び込む。毎回全員の荷物をモーテルの部屋へと運び込むのが億劫だったけれど、それもこれで最後になるかと思うと寂しい気持ちになる。一休みしたあとにUberを配車してダウンタウンへと向かう。黒人のおばさんのドライバーに目的地を伝えると社内に長い沈黙が訪れる。気まずかったのだろう、そのおばさんが「ダウンタウンに何しに行くの?」と聞いてきた。「ダニエル・ジョンストンのライブを見に行くんだけど」と伝えると、もちろん「誰それ?何の人?」と聞かれる。改めて考えると彼が何者なのかを考えたことはなかったけれど、それを一から英語で伝えるのは骨が折れる。それくらい彼固有のストーリーは多すぎるし特異過ぎる。誰が初対面の人に「悪魔に取り憑かれたと勘違いした小太りのおじさんが素晴らしい歌をたくさん作っていて、そして彼は世界中のアーティストから愛される存在なんだ」とうまく伝えられるだろうか。もし僕が聞く側だったら何度も同じことを聞き返すと思う。迷った挙句「フォークとかロックとかそんな感じの音楽なんだけれど、アウトサイダーアーティストとも呼ばれているよ」と伝えると「ふーん」と言ったような雰囲気で、それもこちらの想定内だった。「まあとにかく楽しい夜を!」と言われ車を降ろされると、昼間の雰囲気とは少し違うLAのダウンタウンにたどり着いたことを知るのだった。ライブまでの時間を潰すためにスターバックスに入って茶をしばいていると、金も払わずに席を陣取るガラの悪そうなB-Boy風の男性やホームレスの人達。絡まれてしまってはたまったものじゃないと思い、目線を合わせないように必死だった。腹ごなしに隣のピザ屋でピザを1スライス食べてから会場へと向かうと、シアターのサインの部分には「DANIEL JOHNSTON AND HIS FRIENDS(SILVERSUN PICKUPS)」と書かれた文字が光っている。その文字を見た瞬間に心が踊る。大学に入って音楽を聞くようになってから、自分の好きな音楽を辿っていくといつだって彼にたどり着いた。カート・コバーン、ダイナソーJrなど、オルタナティブ・ロックと呼ばれるジャンルの音楽のCDを借りてライナーノーツを読んでいると、いつだってそこに彼の名前と功績、その影響が記されていた。CDには下手くそで味のあるイラストが書かれていて、音源を再生すればよれよれの声とガタガタのギターサウンドや叩きつけられるように引かれるオルガンやピアノの音色が聞こえてくる。曲はシンプルで単調で短い。そしてだからこそ彼の特異な性質が現れているように感じられて、それを愛さずにはいられなかった。もちろん曲を聞くのと同時に彼が映画になっていることを知って、それをツタヤで借りた。何も内容は覚えていなかったし、半ば飽きてしまったのだけれど、彼が地下室でひたすらに曲を作っていた様子や悪魔に取り憑かれておかしくなってしまったことなどは強烈に記憶に残っていた。そんなことを思いながらシアターに入ると物販には長い列ができていた。僕達もそこに並んでTシャツやステッカーを買った。並んでいるうちにシアターが暗くなる。アナウンスを聞いているとどうやら最初の半分は映像の上映らしい。ライブじゃないから良いかと思い、少し遅れて会場へと入り席に着く(オルフェウスシアターは演劇鑑賞用の劇場なのでスタンディング席はない)。アメリカ人に囲まれて座っていると、日本で見るライブと違ってそれだけでテンションが上がってしまう。そして映像を見ているうちに気がついた。それがかつて見て眠くなってしまうほど退屈に感じられた「悪魔とダニエル・ジョンストン」であることに。そしてその時は見逃していたけれど、彼の作る曲全てが愛によって作られていることを知った。それはよく知られるように彼の初恋の女性に向けられたものであると同時に、彼の強烈な記録に対する欲求であるようにも思う。もっとも美しい愛の表出の仕方はたゆまぬ記録によって生まれうるということは常々感じていたけれど、彼の行っていることはまさにそれだった。恋人をビデオに記録し続けることや歌を作り続けること、それは日記に綴られるその女性への思いでしかなかった。その集積が彼の作品であり、美しさだった。それは長い年月をかけて大きくなったダイヤモンドのように普遍的な美しさを持っていて、どの面から見たとしても強い輝きを放っている。彼の撮ったビデオはまるでジョナス・メカスの映画のように純度の高い想いに満たされていて美しかった。そしてそれこそが僕が彼を愛する理由なんだと改めて思った。正直、あのビデオのあとにライブをするなんて、もし僕が本人だったら気が気じゃないし、恥ずかしくて死にそうになると思う。エンドロールが終わると幕が空いて、そこにダニエル・ジョンストンが登場した。その時初めて彼の姿を見た。そしてこれが彼を見る最後になる。前回の2009年の来日では行けなかったこともあって、期待と後悔を同時に感じた。2階から見下ろす彼は小さく見えた。そしてそれと同時に埋め尽くされた会場のあらゆる場所から彼に対して注がれる視線も見えた。僕よりもだいぶ年上と思われるおじさんやおばさんもいれば、ヒップスターのようなおしゃれな若者、オタクっぽいなりの人、金持ちっぽい人、いろいろな人が彼の動向を見守っていた。彼がこのツアーを最後に引退するのは彼の健康上の問題(おそらくは身体的にも精神的にも)が原因だとおもう、そしてこのライブが無事完遂されるのかどうかも、この会場にいる誰ひとりとして知る由もなかった。そしてステージ上に静かに佇む彼を見る限り、どう考えても彼が正常な状態にあるとは思えなかった。一曲目は「True Love Will Find You In The End」、映画の中でも度々挿入された歌でもあるし、彼の代表曲の一つでもある。彼を目の前にして聞くとその言葉の重みというのか、現実感というのか、圧倒的な迫力があった。声は音源で聞くそのまま。悲痛さを伴ったある意味呪詛のように紡がれる彼の歌は重かったし、何より彼自身の人生そのものを物語っていた。曲が終わると拍手が雨のように降り注ぐ、そしてバンドセットに移行し、シルバーサン・ピックアップスの面々がステージに登場する。彼らの演奏はダニエル・ジョンストンを下から支えるという表現がぴったり来るくらい彼に寄り添って進んでいった。バックバンドがあろうがなかろうが、きっとダニエル・ジョンストンはその演奏をきいていないのではないだろうか?そう思えるくらい彼は彼自身の世界に集中しているように、脇目も振らず自分の演奏に没頭していた。足元にあるセットリストを見ながら「この曲はやりたくない!」と彼が言えば曲順をすっ飛ばして、ライブは進んでいく。シルバーサン・ピックアップスのメンバーはみんな笑顔でダニエル・ジョンストンの全てを受け止めていた。もう限界だったのだろうか、会場の期待に反してアンコールはなかった。彼の演奏する全ての曲を聞き終えた時、これでもう最後だと思うと会場から出るのも名残惜しく、人がまばらになった劇場に降りていってステージを間近でみた。僕と同じように劇場に残って彼を名残惜しむようにステージを見つめる人々と、彼らの視線を背中で受けながら後片付けをする人たち。劇場の入口に出て、タクシーを待っている間に3人で煙草を吸って待っている間も、僕達と同じように入り口に屯してライブの感想を口にするひとがたくさんいた。今日、この空間は彼への愛で満たされていたと思う。生涯を通じて愛を欲し続けたダニエル・ジョンストン彼自身がそれに気付いているかどうかは定かではないけれど、間違いなく幸福な空間だったと思っている。モーテルに帰り、3人でダニエル・ジョンストンのTシャツを着て写真を撮った。3人でのアメリカの旅の最後の日のことは生涯忘れ得ないと思う。

hiroshi ujiietravel