ESSAYS IN IDLENESS

 

 

SEE EVERYTHING ONCE -DAY30- 

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ネバダのレノという街のTAで目を覚ます。青い空とハンバーガーショップのサインの黄色のコントラストが綺麗だった。トラックストップのトイレに行っていつものように顔を洗って歯を磨く。この毎朝の一連のルーティーンも今日でひとまずおしまいかと思うと、この旅が長さと短さを同時に感じた。改めてこの街を車で走ってみるとその大きさに驚く。上から見下ろしただけではわからないけれど、車の量や店の数は大都市にも引けを取らない。朝の通勤ラッシュに巻き込まれてしまってはひとたまりもないので、車線変更をしながら縫うように車を進めていった。一歩街から出るとそこはもう砂漠地帯で、昨日までと似たような景色が続く。今日すべきことは安全にポートランドに帰ることと、そしてこの車をレンタカー屋に18時までに返却すること、それだけだ。ネバダ州をまっすぐ北に走り抜けてそのまま南オレゴンへと入っていく。道中、ミルシティという名前の小さな村を見つけるが、そこは既にほぼ廃村となっていた。街に唯一あったダイナーは焼き討ちにあったかのようにボロボロに崩れていて、看板は錆びついて文字も読めない。こんな風景ももう暫くで見納めになると思うと急に旅を始めた頃が懐かしくなる。

進んでも進んでも砂漠が続く。アップダウンが激しく、空に向かってアスファルトが伸びていくように見える。坂を登りきって見下ろす景色はまた砂漠。砂漠が果てしなく続いていく。この街が如何に大きな砂漠に囲まれているかということを改めて認識した。以前、友人たちと一緒に「ネバダっぽい旅をしよう」ということで、各々の思うアメリカっぽい格好をして静岡県の浜岡砂丘に行ったことがあった。深夜のルノアールに集まったテンションで旅のプランはトントン拍子で決まり、その勢いに任せて僕は各参加者の設定をそれぞれ1000字くらいのプロットに起こした。「気取りやティム」「弱虫ネイト」などと登場人物のイングリッシュネームと役割とバックグラウンドを考えていたのだけれど、それを考えている間は本当に楽しかった。映画のような半分ふざけた小旅行を企画し、その旅行自体は最高に楽しかったし、美しいものもたくさん見ることが出来た。弱虫ネイトは全身ボーイスカウトの出で立ちで、今思えばあれはムーンライズ・キングダムに先駆けたアイデアですらあったのではないかと思う。浜岡砂丘とその砂浜に立つ風力発電のプロペラ。そして綺麗な青い海。あのときに見た光景は本当に写真に撮っておいてよかったと思う。そして今、自分がネバダ州を旅していて思うのは、本当のネバダ州には海が無いということだった。あの時の僕たちは一切何も知らなかった。知らなくてよかった。そして今その事実を知れて良かった。

帰りの途は本当に長かった。10時間にも及ぶ帰り道はこれまでのどのドライブよりも長く感じた。もう旅が終わってしまうという悲しさよりは、虚脱感や疲労感のほうが強かった。南オレゴンへ入っても暫くは砂漠が続く。道路脇にちらっとロデオ場が見えた。南オレゴンには野生の馬が生息しているので、運がよければ会えるよ、とアメリカで出会った友達に教えられていたことを思い出した。砂漠の中を延々と駆け抜けていく。次々と虫が窓ガラスにへばりつく。もうワイパーの洗浄液もなくなってしまった。ガスストップに立ち寄っては窓をワイパーで入念に拭き、こんなことも今日で最後かという気持ちになる。毎日2回はガススタンドに寄って、フロントガラスについた虫の死骸やワイパーの跡を消し続けたことも今では懐かしい。そのうち日が暮れてきて、気付いたときにはもうオレゴンのランドマークのマウントフッドの麓の村にいた。夕焼けになったときに高原の地平線の向こう側にあるマウントフッドが美しく輝いているのが見えた。夕焼けに照らされる小麦色の大地も素晴らしく綺麗だった。一瞬で通り過ぎてしまったけれど、これが旅の最後の絶景だったのだろうと思う。

山から降りてくるとそこは見慣れた風景が広がる。何度か来たことがあるマルトノマ滝を通るハイウェイだ。ポートランドまで行くハイウェイに乗り1時間も走れば、もうダウンタウンに着くことが出来た。車を返す前に家に寄って全ての荷物を下ろす。空になったジープの車内を見ると汚れが凄まじい。あらゆる場所が砂と誇りだらけで、よくもまあこんな場所に一ヶ月も居ることができたと我ながら感心する。そして、ポートランドの西側にあるレンタカー屋に無事レンタカーを返して、僕の旅は終わった。レンタカー屋の店員さんに「どこまで行ってきたの?1万2000マイルも走ってるじゃない」と驚かれたので「東海岸にいって戻ってきたんだよ」と伝えると「そんなクレイジーなことってある?いい旅だったのね!おめでとう」と笑顔で言われた。人によってはこんな旅をしようとも思わないし、しようと思っても実行に移せないものなのかもしれない。ただ、旅をやり終えてみると時間と金があれば誰にだってできることで、全く大したことではないと思う。車が運転できれば誰だってできる。僕は自分の旅で誇らしいのはこの大陸を横断したでも総移動距離でもなくて、自分が見たかった景色も、知らなかった景色も見てみたいという自分の思いを遂げられたということだと思う。日本にいた頃に映画や小説を見る度に「いつかこんな景色見てみたいな」だとか「こんな場所に行けたら」と悶々としていたし、それは自分にとって手の届かない夢になりかけていたように思う。英語が喋れないだとか車の運転経験が浅いだとか、仕事が大変だとかいろいろな言い訳を並べて夢を遠ざけていたのだけれど、実は自分がしたいことはアメリカに行きさえすればなんとかなると気がついて仕事をやめたのが2016年の8月だった。その夢のひとつで、最も重かったものの半分が今、ようやく終わった。あとは残りアメリカの南半分を再来月から一ヶ月と少しをかけて見て回れば、ひとまずは、もし明日「余命が一ヶ月しかありません」と言われたとしても人生で大きな後悔をすることはないと思う。

家に帰ってからアメリカ61の風景を手に取り眺めてみると、第一話が「ミシシッピ源流」というタイトルだった。それは僕がこの旅で一番最初に大きな感動をしたミネソタ州のイタスカについてだった。僕はこの長田さんと同じ光景を目にすることができたんだと、そのとき改めて気づくことができた。もう一度この本を読み返してみたら、必ずまた別のことを感じるだろうと思う。ひとまず、旅の前半はこれで終わるのだけれど、明日からまた次の旅の準備を始めないとと思うとゆっくり日記を書いて振り返ったり、写真の整理をする暇がなさそうだなと思った。

hiroshi ujiietravel