SEE EVERYTHING ONCE -DAY29-
ユタ州のサービスエリアで目覚め、今日の最初の目的地の一つのボンネビルソルトフラットへと向かう。ユタ州の平野部は山に囲まれていて、朝焼けをバックに壮観な眺めが続いていく。黄土色の山並みときれいな青空のコントラストははっきりとしていて、その真中をアスファルトの灰色が何十マイル先までまっすぐ突き抜けて、その最終的は点になるくらい小さく見える。ソルトフラットは、日本語で言うところの塩湖、もしくは塩田とでも言うのだろうか。そこに行く途中の道が信じられないくらい綺麗で、ソルトフラットの真ん中を突っ切っていくのだけれど、そこに光が反射して文字通り鏡のように見える。たまにその塩湖の部分に車の轍がついているのを見かけるのだけれど、誰も見ていなかったとしたらその綺麗な塩湖に突っ込んで行きたくなる気持ちも理解できる。
ソルトフラットは簡易なサービスエリアのようになっていて、車も停められればトイレにも行ける。もちろんそこから塩湖に入ることもできるし、足を洗うための水場も設置されている。ロシア・アバンギャルド建築のような前衛的なコンクリート造のレストエリアはこの雰囲気に抜群にマッチしている。もしこれが真新しいBESSのログハウスのような見た目だったら即座に誰かに燃やされていただろう。有名な観光地だと言うのに、静かで人が少ない。風が吹いても波がおきない水面は時が止まっているかのようだった。空の色もそのまま映れば、浮かぶ雲もくっきりと水面に映り込む。マグリットの絵画のような非現実的な美しい眺めだった。靴を脱いで塩湖に足をひたすと少しだけ冷たさがある。僕の近くにいた白人の老夫婦は二人でカメラを持って塩湖に入っていったけれど、転んで体中が塩水まみれになっていた。季節によってはこの塩湖は干上がっていたり、文字通り塩だけになっていたりするらしいのだが、僕が行ったときには干上がっておらず完璧なコンディションで見ることができたのは幸運だったと思う。
そこからネバダへと入ると荒野が続く。100マイル先の山並みが見えるがあれはおそらくヨセミテを含むシエラネバダ山脈だろう。荒野の中を延々と走る感覚はこれまでのどの荒野よりも広く感じられた。「次のガスステーションまでは120マイルです」と書かれた看板が各分岐路に置かれていている。もし事故を起こしたりアクシデントがおきたら、例えばガス欠一つとっても致命的なものになりかねない。タイヤのパンクやオイル切れなど想定されうるトラブルはたくさんあるが、僕にそのトラブルを対処できるだけの知識はない。そして、残りのガスの残量にいくら気を配ったとしても、近くにガススタンドがないのであれば仕方がない。最寄りのガススタンドで高いガソリンを入れたとしても、第二の目的地、宇宙人村レイチェルまで往復240マイルの道のりを乗り切るには十分とは言えなかった。ネバダ州の砂漠地帯を走っているといくら走ってもまるで進んでいる気がしない。走っても走ってもまるで景観が変わらない。手前に見える山が少しだけ大きくなっていることと、太陽の位置が変わっているくらいで、ひたすら絵に描いたような一本道が永遠に続く。気がつくとスピードは100マイルを超えてしまっていて、慌てて80マイルまで下げる。燃費効率も考えなければ帰りはどこかしらでスタックしてしまう。Extraterrestrial Highwayというなんとも言えないハイウェイを南に下りレイチェルという街へと着いたが、この時残りのガスは残り1/3くらいで、帰りが不安だった。
レイチェルはバー1軒しかないトレーラーパークのような場所で、村と言うにはあまりにも色々な設備が足りていないし、何より近隣の村から離れすぎていた。ガスステーションもグロサリーストアもない。あるのはLITTLE ALEINNという宇宙人にあやかった名前をつけられたダイナーだけだった。かつてはガスステーションもちょっとしたビジターセンターのようなものがあったらしいのだけれど今ではこのダイナーだけがこの街の唯一のお店だった。ロズウェル事件で墜落したUFOから引き上げた宇宙人がこの付近に隠されているということでUFO研究者の間ではとても有名な街である、そしてこのレイチェルの付近一帯はエリア51というオカルト好きなら誰しもが知っているアメリカの極秘研究施設だ。僕の他にはロングヘアのナードっぽい出で立ちの青年とアヴリルラヴィーンのような格好をした女の子のカップルが一組いるだけで、他には誰もいなかった。ちょっとしたノリでこんな僻地に「宇宙人見に行こうぜ!」と言ってデートに来れるなんてなんて素晴らしい国なのだろう。あたりを見回しても砂漠とトレーラーハウスしかなく、意を決しダイナーに入る。店の中には宇宙人にまつわるお土産物なんかがたくさん飾ってあって、僕以外には一人だけカウンターでハンバーガーを食べてるおじさんがいたくらいで、中はスカスカも良いところだった。恐る恐るカウンターに座ると気さくなお姉さんがメニューを持ってきてくれた。パッと見てメニューを決めた。エイリアンバーガーとコーヒー、これ以外に何かを頼む理由は無い。エイリアンバーガーはどこにでもありそうな普通より少しだけ大きめのハンバーガーだった。コーヒーは薄い味付けだった。このダイナーの雰囲気にこの味付けのハンバーガーとコーヒー、つまるところ最高ということになる。最寄りのガススタンドを聞いてみると「110マイル先ね!」と言われて若干不安になる。僕の車の想定航続可能距離は120マイルくらいしかなかったからだ。店の中を少し歩き回って写真を撮っていると、帽子をかぶった初老の男性から話しかけられた。見た目的には中平卓馬にそっくりだった。「お前は何をしにここまできてるんじゃ」と言うようなことから始まり、当たり障りのない身の上話を30分ほどした。このおじさんはどうやらこの店で働いているらしい。古いDELLのパソコンに文句を言いながらメールを処理していた。それにしてもこうした僻地に住む老人の言葉は聞き取りにくいったらありゃしない。カウンターの端に座ってパソコンを弄るおじさんに別れの挨拶をして、このレイチェルの街を出た。なんだかとても楽しかった。
ガス欠の危険に苛まれながらも、なんとか最寄りの街にたどり着く。最寄りと言っても170kmくらいは離れているのだけれど、、、その間いくつかの小さな街を通り抜けていくが、20~30年代当時、つまるところフロンティアスピリットの面影がそこかしこに残っていて、これまでの旅の中でも最もわくわくする瞬間の一つだった。カジノのネオンや、壊れた自動車修理工場、ボロボロのダイナー。もしかしたらこのあたりは僕の好きな写真家も訪れているのかもしれないと思うと胸が高鳴った。砂漠の中を走り続けているうちにいつの間にか時間は経っていて、気がつくと夕暮れを迎えていた。この旅の中でも一番感動したのは、この日見た夕焼けだったのかもしれない。広大な砂漠、そしてその上に広がる青い空が徐々に暗く、そして赤みを帯びていく。その色彩の変化は自分の見ている景色全ての色を劇的に変えていく。あたりが暗くなってくると星がちらつき始め、柔らかいピンク色の光は砂漠を優しく包み込むようだった。この時間になるとだいぶ涼しくなってくるので、エアコンを止め、窓を開け放って、自分の目で直接この素晴らしい景色を眺めることができた。
夜の砂漠はまったく人工的な光がないから、星は信じられないくらいの数が空一面に広がっているのがよく見える。反響するものがないから音も響かない。静寂の中で星空を見上げるのは至福だった。ちょうどその時、砂漠地帯の真ん中に湖を見つけることができたので、車を停めてその辺りでだいぶ長い間休んでいた。ジープの天井に乗って横になって暫く星を眺めていると、たくさんの流星が降るように見える。星の光で山の稜線が僅かに映し出され、それが湖に反射して見える。この日みた光景はどれも涙が出そうになるくらい素晴らしく、誇張でなくここで死んでもある程度は納得できるなぁと思えるほどだった。休憩のあと走り出した車のスピーカーから聞こえたサンキルムーンのLost Verseが最高にマッチしたもんだから、結局涙がこぼれてしまった。そのまま砂漠を抜けるといつの間にか山の上に出ていた。その山の天辺からネバダの第二の都市レノの街の夜景をみることができた。レノは「世界で一番大きなスモールタウン」と呼ばれる街で、例えるなら小さなラスベガスだ。物価は高く、カジノやチェーンのレストランのネオンが24h輝き続けるようなそんな街。その街を上から見下ろすことができたのは予期せぬ幸運で、光をばらまいたようなその光景はこれまで見てきた自然的な美しさとは違うけれども、それはそれでとても美しく感傷的なものだった。そして思うのはこの日見てきたほぼ廃村のような町並みと、ラスベガスやレノという発展しきった街はどうしてこのネバダ州の中に存在しているのだろうかということだった。これほど貧富の差がある州も珍しい。レノの街中に降りていき、サービスエリアを探す。ハイウェイは他州の大都市のように完璧に整備されていた。久々の片側5車線通行に戸惑っていたら両サイドをスポーツカーが信じられないくらいの早さで駆け抜けていった。深夜一時だった。