PROJECT PABST
そういえば、旅行に出る前日にいったProject Pabstというポートランド市内で開催されたフェスティバルについて振り返っておこうと思う。アメリカを回っているとバーやリカーショップに「`Project Pabst」と書かれたネオンサインを見ることがよくあるのだけれど、どうやらこれはアメリカ人がこよなく愛するビールブランドらしい。そのビール会社がメインスポンサーとなり開催されるこのフェスは、参加するアーティストの豪華さが嘘であるかのようにチケットが手頃な価格で(一日60ドルくらい)、家から15分もあれば行けてしまうウォーターフロントパークで開催される。このライブに行こうと思ったのはBeck、Spoonといった自分がこよなく愛するアーティストの参加。そしてFrankie CosmosやWhitneyのような近頃よく聞くバンドが普通にプレイしてくれるということからだ。※僕は行かなかったけれど、初日にはIggy Pop、Die Antwoord、Father John Mistyといったビッグネームもずらずらとくる。ちなみに僕が行った日にはNasも来ていた。結論からいうとこのフェスは最高だった。ライブ以外の点でいうとしたら、人も多すぎないし、疲れたら近くのカフェに行ってゆっくりできるし、フィールド内では無料のアイスクリームやエナジードリンク、ポテトチップスやらなんやらかんやらがそこらじゅうで配られているのもとても嬉しい。
会場につくと炎天下で、水を常に飲んでいないと日射病になってしまうくらい照りつける日差しが強い。到着したときにはRVIVRというバンドがプレイしていたのだけれど、それが今時めずらしいくらいにド直球のパワーポップエモみたいな感じでノリと勢いが最高にグルーヴィだった。シンガロングとギターのパワーコードのユニゾン、激しいドラムのフィルインに合わせてギターを振りかざしたりだとか、なんだか90年代を感じるパフォーマンスと見た目が最高に懐かしい。聞いたことが無いバンドだったのだけれど、なかなか楽しんでみることができた。何故か知らないけれどベースの人になんらかのトラブルがあったらしく「今日はもう演奏できないわ」と言い残して途中でステージを去っていってしまったのが残念だった。何故かパッツパツのボーダーのワンピースを着ながら演奏をしていたギターの男声はめちゃくちゃ気持ち悪かった。
そのあとだいぶ外で時間を潰してからフランキーコスモスを見に戻る。最初のバンドに比べるとだいぶゆるいスカスカのサウンドとオフビート感。なぜか坊主頭になってしまった美人のボーカルから発せられるか細い美しい声とペナペナとしたギターのサウンドを聴いていると、2016年以降のUSインディー・ポップらしさの集大成のようなバンドの一つだなと感じざるを得ない。その後、そのままWhitneyのライブへと移動(ステージ間の移動も200mくらい歩けば住んでしまうというのも素晴らしい)。このライブをみて初めてこのバンドがドラムボーカルだということを知った。そして本当にカッコイイ奴らしかいないなという。最新作のLight Upon the Lakeの一曲目No Womenのイメージが強かったのでもっと静かなバンドなのかもしれないと思っていたら、ライブパフォーマンスはだいぶと激しく感情の乗ったプレイイングだったように思う。ビールを曲と曲の合間に飲んだりしながら「この曲はカバーで、本当に難しいからできるかどうかわからないけどやってみるよ」といってプレイしだしたニール・ヤングの「On The Way Home」。最後の最後まで”ロックやってるカッコイイ奴ら”という感じでいけ好かなかったけど最高だった。
この日の目当ては最後の2バンド、SpoonとBeck。Spoonは10年ほど前に「Ga Ga Ga Ga ga」がリリースされたタイミングで代官山のUnitで見たのが最後。あのときは本当に彼らのライブパフォーマンスのかっこよさに痺れたのだけれど、ステージに上った彼らの見た目も声も音楽もあの時から何も変わっていなくて、死ぬほどカッコイイままだったということに心底驚いた。クソ暑いのにピシッとした黒いスーツにスラックス。ギターを斜めに構えてマイクに向かってしゃがれ声でシャウトする。彼らの音楽も相変わらずカッコイイままで、最新アルバムからもGa Ga Ga Ga Gaからも多くの曲をやってくれた。(The UnderdogとかDon’t make me a targetとか。チェリーボムがきたら嬉しさのあまり死んでいたかもしれない)。彼らの音楽を聴いていると、彼ら自身の音楽の軸のブレなさを強く感じる。他から影響を受けていたとしてもそれを自分たちのスタイルにうまく取り入れながら、少しずつ変化していく。昔から彼らの音楽には他のUSインディーのバンドにはない古さと新しさが感じられて、それがいつまでも変わらないのはそのせいなんだと思う。
最後に見たのはもちろんBeck。これを見るために人だかりで賑わうNASのパフォーマンスを遠目から見て(200m先くらいからでも腹筋が振動するくらいのベース音のデカさ)前列をキープした。この頃になるともう周りの人たちはおっさんとおばさんが増えてきて、当然のようにマリファナの匂いもそこらじゅうから漂ってくる。この人達はBeckを本当にリアルタイムで聴いていた人たち、むしろBeckと一緒に成長してきた人たちなんだなということが彼らの表情からしても伝わってくる。彼のセットリストはこちらの心を見透かしたようにサービス精神に富んでいて、こちらが聴きたいと思ったものは全てやってくれたと思う(あとブラックタンバリンマンとナウゼアが聞けたら個人的には最高だった)。ルーザーのイントロが流れた瞬間の会場のテンションの上がり具合と、全編に渡ったシンガロング。Sexx Rawsが流れた時のプレイヤーたちのテンションの上がり具合。僕が音源だけで聴いていたBeckとはまったく違う光景がそこにはあって、この環境で彼を見られたことが本当にかけがえがないものだと思えた。最後にアンコールがかかって、2曲ほど演奏したのだけれど、ステージから退出するタイミングを逸したBeckがなぜかステージに靴を脱ぎ残して裸足で帰っていくというシュールな光景を眺めつつこのだいぶ濃い一日は終わりを迎えた。そこから20分もあれば家に帰れてしまうという気楽さが、この都市型ライブの素晴らしさだろうと思う。