ALASKA PART3 -ANCHORAGE-
アンカレッジ市街を歩く。街自体はとても小さく、ダウンタウンは道路3本分で東西に1キロメートルほど伸びているだけだ。3時間もあれば十分に見て回れるであろうこの街を8時間くらいかけてゆっくりと歩いた。
朝の9時、通りにはまばらに人が歩いている。どの店もまだオープンしていなかったので街の外れにある公園に向かって歩いた。背筋が伸びるような寒さで鼻先が痛くなる。驚くべきことに、道の至る所に野生動物の足跡と、動物の糞が落ちている。そういえば脇谷さんの裏にはにもよくムースが歩いて入ってくるらしい。ムースやカリブーが道路に侵入してきて交通事故の原因になるということで、数年前にハイウェイの両脇には柵が付けられたとも言っていた。実物のムースはとんでもなく大きい。そんな動物が街をゆっくりと練り歩いていたら僕ならきっと驚いて逃げ出すだろうと思う。
公園のベンチに座って、流れる流氷を見ながらタバコを吸って時間を潰す。朝焼けがまだ半分残っているようで微妙に暗い。静かに佇んでいる街の雰囲気と、青白く輝く雪。それがなんとも言えず美しい。せっかくアラスカまで来てタバコを吸ってボケッとしているだけだなんて勿体無い時間の使い方だと思うけれど、同時にとてもかけがえのないものだった。少し大通りのほうに出てみると、大きな貨物を載せたトラックやタンクローリーがハイウェイから何台も続いて降りてくる。実はアラスカは州の収益の9割を石油関連の事業が占めているらしく、それによってアメリカ有数の裕福な州になっているらしい。アラスカのパイプラインは北端のデッドホースポイントから南の港バルディーズを結ぶ。そしてアラスカの外で生成された石油はこうしてタンクローリーなどでまた州内に戻ってくる。大きなタンクローリーが仰々しく広い交差点にゆったりと曲がってくる様はアラスカらしさを感じられる光景だと思う。
街をふらつくうちに墓地を見つける。ほとんど全ての墓石が雪に埋もれ、かろうじて十字架の上の部分だけが雪から顔を出している。その部分を目印にして花が供物として捧げられていた。空を見上げると、セスナが青い空の中に白い点のように浮かんでいた。そのセスナよりはるか上空を三角形の米軍飛行機が物凄いスピードで飛んでいった。ホストマザーの死んだ息子がアラスカの基地に過去配属されていたという話を聴いたことをふと思い出した。
行き当たりばったりにカフェに入ると、広い店内には誰一人として客がいない。中から長髪で白いTシャツ、いかにもヒッピーという出で立ちの店主が陽気に声をかけてくる。僕の英語と顔を聴いて日本人だと思ったらしく、半年前に行ったという大阪旅行の感想と、いかにたこ焼きがうまいかという話を滔々と30分くらいレジ越しに話をした。余程暇だったのだろう、自分が前にいった東欧旅行のことなどを次々に話してきてくれた。その間客が来ないことが気がかりだったけれど、旅の間にこうして現地の人と話せるということはとても心があたたまるもので、僕も話を切り上げずに自分もヨーロッパに行ったことがあるという話を少しだけおかしく誇張しながら話していた。
ダウンタウンを見て回りながら、この街の雰囲気を身体に染み込ませていく。たまにすれ違うネイティブの人たちや、だみ声混じりに話すアラスカらしいおじさんたち。若い人はあまり見かけず、ダウンタウン内にまばらに散らばっているブリュワリーには昼間から人がたむろしていた。カラフルでレトロな看板のお店や、ナンセンスなおみやげしかおいていない土産物屋を見て回りながら、たまにタバコを吸いに立ち止まり、また歩きだす。
家に帰る途中、アラスカ大学のキャンパスを外側から見て回る。このあたりではムースや野生動物がよく現れるらしい。確かに足跡が今までと比べてたくさんある。その瞬間、枝の枯れ木をゆっくりと食べているムースを見つけた。僕が近づいたりカメラを構えても一切逃げる様子を見せず、淡々と枝を食べていた。野生動物なはずなのに、人間慣れした彼らに若干拍子抜けしてしまった。そしてそのまま森の中へ消えていくムースの尻を見つめながらこの日は家に戻った。その日の夜はビリヤードを夜更けまで楽しんで、深夜特急を読んでいるうちに寝てしまった。