ESSAYS IN IDLENESS

 

 

ALASKA PART2 -KENAI-

アンカレッジでは脇谷さんのお宅に5日間ステイさせてもらえることになった。アラスカにもう10年も住まれていているらしい。脇谷さんの妻の敦子さん、そして厚思さん、猫のニャン太郎の三人ぐらし。大きくて、暖かい家だった。壁にはムースの角やオーロラの写真。地下室にはビリヤード台。ガレージには釣り道具やさまざまなアウトドア用具。スノーモービルにキャンピングカー。人生を楽しむためのあらゆるものが詰まっていた。とても美味しいサーモンのお刺身と白ワインをいただきながら、深夜遅くまでこの三人と一緒に過ごした。ベッドはフカフカで、そのまま埋もれるように眠りについた。

アンカレッジのイメージは僕が想像していた「試される大地」とはどうやらほど遠いらしかった。確かに気温は低いものの、雲一つない快晴で日差しが気持ちがいい。ポートランドではあまりお目にかかれないこの天気を存分に味わいながら車でキーナイ半島北部を目指す。車の窓から白く険しい山脈がはっきりと見える。澄み切った青空とのコントラストは例えようもないくらい美しかった。加えて太陽が山脈の輪郭を白銀色に縁取っていて、神々しさを感じるほどだった。そんな景色が延々と続いていく。それを見れただけでもアラスカに来た価値を十分に感じられた。小高い丘にのぼると、遠くにデナリの頂が見える。昔マッキンリー山と呼ばれた北米大陸最高峰の山は、数年前に原住民の付けた名前に戻されたらしい。あの山で植村直己が最後を迎え、まだその遺体は見つかっていないことをふと思い出した。

道路沿いに敷かれているアラスカ鉄道の線路を乗り越え、湾内に流れ込む流氷を見にいく。おびただしい数の流氷が凍った川に浮かび、なかなかの速さで動いている。白い流氷の向こう側には深い青色をした大きな川が、そしてその奥には白く輝く切り立った山脈が静かに佇んでいた。その後ポーテージ湖という、普段なら氷河が見れる巨大で綺麗な湖に行った。視界に入るのは真っ白に凍りついた湖と山。圧倒的なスケールの大きさだった。たぶんこの広さの感覚は日本にはないものなのだろう。そこが湖であったことが想像できないほどに、平日だと言うのにこの凍った湖の上を散歩したり、スノーモービルで駆け巡ったりしている人たちで湖は賑わっていた。そのとき、アラスカという土地における人々の時間の使い方や、自然との向き合い方が少しだけわかったような気がした。
 

そのまま国道を南下し、「ホープ」という名前の小さな村へ行く。ラストフロンティアと呼ばれるアラスカは、かつてゴールドラッシュ時代にたくさんの人が金の採掘のために訪れたのは有名な話。そしてこの希望という名を冠した小さな村もまた、ゴールドラッシュを契機に作られた街なのだろうと思った。小さなカフェが1-2件とグロサリーストア。教会に牧場、街の奥側には廃れたバーがあった。人口100人もいたら十分だろうと思えるほど小さな街だった。人とすれ違うこともなく、まるで1910年くらいで時が止まってしまったような佇まいのこの村は素晴らしく印象に残っている。今はそのホープという名前が寂しげに聞こえるけれど、もしこの村が他の名前だったら僕はこの村に来ていないだろうと思った。

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