ESSAYS IN IDLENESS

 

 

ALASKA PART1

飛行機を降り、ポートランドに帰ると春が来ていた。路肩の草花や、庭の木々も花を付ている。桜の花が咲いていた。暖かい風が吹いている。少しだけ晴れた雲間から日差しが目にやさしく差し込んでくる。

アラスカから帰ってきたのは月曜の朝7時で、飛行機の隣のおっさんがとてつもなくデカいいびきをかいていたり、飛行機の空調が本気を出していて喉が徹底的にやられたのと、アンカレッジとの一時間の時差が猛威を奮っていて、とてつもなく疲れていた。なるべく早くこの日のことをまとめたかったのだけれど、この週は忙しいのと疲れていたのですぐには書ききれなかった。手元に残った手記を見返しながら、何か忘れてしまったり抜け落ちてることはないかをゆっくり考えながら記していこうと思う。

まず、この旅をしようと思ったきっかけから書きはじめてみる。アラスカに行こうと思ったのは例にもれず、星野道夫、新田次郎、植村直己、そしてイントゥ・ザ・ワイルドやジャック・ロンドンのような世界観を見てみたかったからだ。アラスカという試される大地に人生のうちに一度は行ってみたい、ただそれだけの簡単な動機だった。圧倒的な広さの雪原や野生動物、身を切るような寒さの中見上げる満天の星空やオーロラ。道沿いの廃れたダイナーやどこまでも続いてるように見えるボロボロの道路。そんな光景を期待していた。あとは適当にロッジの中でタバコを吸ったりのんびり本を読んだりしてればそれは満足なんじゃないかと思った。

アラスカについての話をきいていると、どうやら冬はやることが本当にないらしい。交通機関は閉ざされ、道路は凍りつき、気温は-10℃を割るのは当たり前。「お前はこの季節にアラスカにいくなんておかしい、南に行け」と何人の人に言われたことか。とりあえず死なないように、アウトドアショップでたたき売りされているゴミ同然の防寒着と穴の空いた大きなリュックを買い足し、ついでに三脚も買って、旅の準備はあっという間に終わった。本当は、アラスカ物語に搭乗するアラスカ北端の村、ポイントバローやフランク安田の作ったビーバー村、星野道夫の訪れたというシシュマレフという西側の果ての村にも行ってみたかったのだけれど、交通費や滞在費の関係で諦めざるを得なかった。最終的には、アンカレッジに5日、その後5日間フェアバンクスに滞在するというありがちな旅程に落ち着いてしまったことで、若干心が萎えたことはここに正直に告白しておこうとおもう。

自分だけで旅をするのは本当に久しぶりで、たぶん大学生のとき以来。そしてそういえば一人で海外を旅したことがなかったなと気づく。一人だと気楽になりすぎて、いつまでも旅程を詰められない。詰められないうちに予定を組むことを諦めて、どんな本を持っていくかだとかどんな音楽を持っていくかということしかしていなかったように思う。もちろん、上に上げた本に加え、深夜特急や寺田寅彦の無料本を大量にiPadにインストールする。そしてアメリカに唯一もってきた「アメリカ61の風景」をリュックサックの一番上に詰める。音楽は1900年代前半のフォーク、カントリーを中心に、ボブ・ディランやニール・ヤングをプレイリストに組み込む。なんだかんだ新しめの音楽(ダーティ・プロジェクターズとか)もプレイリストに入れてしまったけれど、結果的に言えばこれは間違いなくよい選択だったと思う。

平日木曜日の便を取ってしまったので、学校が終わると同時に教室を飛び出して家に帰る。そのままの勢いで空港までたどり着き無事にチェックインを済ませる。毎度ながら厳重なボディチェックを受けたあとボーディングを行う。行きの飛行機の中でさっそくアラスカ物語を読んでいると、昔読んだときの記憶が次々と蘇ってくる。主人公のフランク安田が初めてポイントバローについたとき、オーロラが狂気じみた勢いで空を覆い尽くし、美しさよりも怖さや畏怖の念を覚えたという部分。

“フランク安田は眼をあげて北極光を見た。空で光彩の爆発が起こっていた。赤と緑がからまり合って渦を巻き、その中心から緑の矢があらゆる空間に向かって放射されていた。彼に向かって降り注がれる無限に近いほど長い緑の矢は間断なく明滅をくりかえしていた。光の矢は彼を射抜くことはない。それは頭上はるかに高いところで消えた。だが、消えた緑の矢は、感覚的には、姿を隠したままで、彼に向かって降りそそがれていた。身体に痛みこそ感じないが、恐怖は彼の全身を貫き、しばしば立ち止まらざるを得なかった。空間で爆発する光彩のきらめきがあっても音はなかった。空間いっぱいを埋めてい、濃緑色の矢のうなり声も聞こえなかった。全てが静寂の暗闇の中で行われていた” 
新田次郎、『アラスカ物語』P7,P8

飛行機の窓から空を見下ろす。もしかしたらオーロラが見えるかもしれないと思ったけれど、明滅する人の営みと険しい山並みが交互に現れては消えていた。もし、今回の旅でこんなにすごいオーロラが見えたら、自分はどう感じたり考えたりするのだろうと思いを馳せる。この描写は僕の頭の中でオーロラの絵を作り上げたけれど、おそらくこの何倍も、ここに表現されている以上の印象を僕に与えるのだろうと思いながら窓の外をぼんやりと眺めていた。

アンカレッジに着くとTシャツではしゃぎ周る子供が荷物のピックアップを待っていた。一歩空港から出ると身を切るような寒さで鼻頭が痛くなった。

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