NBA MAKES MY THROAT DIE
実は僕は根っからのNBAファンであることは、かなり親しい友だちの間でも知られていない。僕は10歳のころから18歳のころまでわりと真剣にバスケットボールをやっていた。自分の全生命力を賭して限界まで何かしたことがこれまでの人生であるとすれば、それはバスケットボール以外にはない。自分で言うのもなんだけれどそこそこいいところまで勝ち上がったし、自分のバスケットボール人生に不満だらけではあるけれど、実は心の支えになっていたりする。
バスケットボールを始めたあと、少し試合に出るようになって練習が楽しく感じられ始めた時がある。その時、深夜の衛星放送でNBAがやっていたのを覚えている。その頃はまだコービー・ブライアントが背番号8番を付けてショートアフロで、カール・マローンとジョン・ストックトンのコンビがぎりぎり引退していなくて、マイケル・ジョーダンがウィザーズに復帰したり、トレイシー・マグレディやアレン・アイバーソンが人間離れした身体能力で全てを圧倒していた。それを眼を輝かせながら見ていた。その時から、僕の人生の中での一つの目標が「NBAをアメリカで見ること」になっていたように思う。僕が年を取るにつれて、僕がヒーローのように思っていた人たちがどんどん引退をしていった。そして昨年、ついにコービー・ブライアントが引退をした。彼の引退試合は日本時間の平日昼間に行われていたので、僕は試合開始時間に合わせて打ち合わせを強引に切り上げ、近くのカフェに入り試合のライブ放送を見ていた。彼の引退試合は今まで僕が見たどの試合よりも感動的で、ドラマチックだった。まさか怪我をして散々なシーズンを送っていた風前の灯火と化した往年の名プレイヤーが、最後の最後に一試合60点を決め、大逆転勝利と自分の花道を自分で演出するとは思わなかった。選手としての人生が終わる最後の最後まで本当のエースであり続けた彼の姿を、大手町のカフェで鼻水と涙を滝のように流しながら、パソコンにかぶりつくようにして見ていた。
僕はバスケットボールをしなくなってから10年以上経つけれど、バスケットボールを見ない日はおそらく数えるくらいしかないように思う。それくらいバスケットボールのことが好きだし、もしかしたら映画や音楽よりも好きなのかもしれない。そしてこの日、2017年4月6日、僕の29歳の誕生日に、ついにアメリカでNBAを見ることが叶った。たった30ドルで叶えられる夢というのもどうなんだろうという思いはあったけれど、相当な期待を持って会場に向かった。会場2階から見られるという触れ込みで取ってもらったチケットは実は最上階の最安席。野球で言えば外野の芝生みたいなところで、選手が豆のようにしか見えない。今更そんなことを気にしても仕方がないということで気を取り直して、周りの友達と一緒に応援をする。もちろん応援するのは地元ポートランドのトレイルブレイザーズだ。
今日の相手はミネソタ・ティンバーウルブズ。スペインプロリーグ史上最年少の14歳でプロ入りし、かつて神童と呼ばれたリッキー・ルビオを筆頭に、人間離れした身体能力を持つアンドリュー・ウィギンズ、若手最高の才能との声も上がるカールアンソニー・タウンズといったここ数年のドラフト1位の若手を揃える中堅チームだ。この若手選手達の計り知れないポテンシャルは時として圧倒的な破壊力を有するけれども、大きくムラがあり、今日の勝利は彼らをどれくらい抑えられるかで決まるはずだ。対するトレイルブレイザーズはエースのリラード、マッカラムを中心にアウトサイド主軸の攻めを展開するように思われたが、センタープレイヤーがこのタイミングで怪我で欠場という最大の危機を迎えていた。試合が始まる前になるとガラガラだった会場は満席になり、プラカードやバルーン、顔にペイントをした子供や、セクシーにユニフォームを着こなしたお姉さんなどいろいろな人が試合開始を待っていた。
試合が始まって早々、やられてはいけない相手に得点を許し続けるという最悪の展開。対するブレイザーズは集中力を欠いたディフェンスと、消極的なオフェンスで味方からブーイングが出るほどだった。周りのバスケファンもあまりのクソ試合ぶりに閉口気味になり、たまに口を開いたかと思えば誰かのぐちだったり、そんな有様だった。ただそれでも、本物のNBAの迫力は凄まじかった。圧倒的なパワーとスピード、そしてテクニックを駆使し相手を打ちのめしていく。簡単に言えば一つ一つのプレイが人間離れしていて、見ているこっちが呆れ返ってしまうほどだった。試合中盤から終盤に差し掛かったところで、急に相手のシュートが落ち始め、なんだかんだ点差が詰まってきた。それに合わせて観客の応援はヒートアップしていく。幼いころ安っぽいテレビのスピーカーで散々聞いた「ディーフェンス!ディーフェンス!」のあれである。ここぞとばかりに喚き散らし、たまに日本語で野次も飛ばしていたら一瞬で喉が枯れた。ラスト2分、試合を決めたのはエースでも誰でもなく、背番号23を付けたクラブという選手だった。立て続けに5本のスリーポイントを決め続け、一人で点差を縮め、同点にし、逆転し、そして更に試合を決定づける一本を決めた。その瞬間の場内の興奮たるや、序盤お葬式のように静かだったり、愚痴しか言わなかった人たちが手のひらを返したように椅子から立ち上がって大歓声(もちろん僕含み)。一瞬誕生日を台無しにされるかと思ったけれど、ドラマチックな幕切れに興奮がいつまでも冷めない。これこそがNBAだろうという試合を体験できたようで、素直にとても嬉しかった。
試合後、みんなと別れた後一人で駅に向かう。興奮したブレイザーズファンが電車の中で奇行をしているのを尻目に、カメラで撮った逆転のシーンを何度も何度も見返しながら家まで帰った。