ESSAYS IN IDLENESS

 

 

MY LITTLE BROTHER, HIGOR DANTAS

搭乗3時間前

搭乗3時間前

約一月ほど前、ホームステイ先にイゴールというブラジルから来た青年がやってきた。年齢は23歳なのだけれど、童顔と背格好からして大人には見えない。ブラジルのパイロットジャケットを着た彼は、本国ではパイロットとして既に働いているらしい。家にきた初日に玄関の前でマリファナを吸ってホストマザーに怒られるという偉業を成し遂げ、ハウスルールは守らず、部屋には禁止された酒を持ち込み、夜中には大きなスピーカーでR&Bを鳴らしているような、そんな彼であった。ただ、僕はこの青年のことが大好きだった。

なぜ彼のことをそこまで気に入っていたかというと、彼の人間的な明るさと意志のはっきりとした部分。そして音楽の趣味が素晴らしかったからだ。彼の英語は時制も文法もメチャクチャだけれども、彼の言いたいことは誰でも理解できた。彼は出会った人全員とその日のうちに友達になることができたし、パーティにいけば男女問わず誰とでも楽しく、そして上手に踊ることができた。ギターを持たせれば軽快にボサノヴァやフォークソングを弾き語るし、家の前で一緒に煙草を吸っているときには、必ずエリカ・バドゥやピーター・トッシュやアリシア・キーズ、シカゴ、セウ・ジョルジといったような素晴らしいアーティストの曲をかけてくれた。そういえば、出会った日に「これエリカ・バドゥ?」って聴いたらいたく喜んでくれたなぁ。毎日顔を合わせる度に「Hey! Hiro~~!」と明るくハイファイブをしにきてくれたりだとか、彼の彼女とフェイスタイムで一緒に話したりもした。彼がポートランドに滞在したのはたったの40日。そのうち10日間は僕がアラスカに行っていたから、実質30日間も一緒にいられなかったけれど、彼はまるで僕にできた新しい弟であるかのように思えた。

僕が彼のエピソードを語るにあたり、一番面白おかしく話せるのが、一緒に出かけたナイトクラブの話だ。金曜の夜に暇を持て余した彼は、僕と別の友だちを誘いよくわからないチャイナタウンのナイトクラブに出かけた。僕はビールを注文して、ソファに腰掛けながらゆっくり周囲の人たちが踊るのを眺めていた。彼らはテキーラやビールを流し込み、颯爽と人混みの中に消えていった。数十分後、浮かない表情で二人が僕のところにやってきたので、煙草でも吸いに出ようと外に誘った。以下の文章は間違いも含めて、ほぼその時の再現になる。

Higor「I…I can’t dance here. You know, in my country, it never happen. I don’t kiss her, but she can’t dance with me」
Hiroshi「Ok, What happened?」
Higor「I..I try to dance with some girl, but they are group and protect each other. That guy said get out of here or fuck off to me. It never happen in my country, you know? just dancing, just dancing. It’s just communication.
Abdul「YEAH! They are mean! This is FUCK! That all bitches could’t dance with us. They all bitche! WE ARE FUCKING LAME!」

要するに南米と北米でのカルチャーの違いによって起きた問題なのだけれど、彼らのすごいところはそれに懲りずに立ち向かっていくところだ。結局その日は誰とも踊ることができず、帰りの車の中でブツブツ愚痴を言いながら帰った。ちなみに彼は女の子とのダンスに成功すると必ず僕のところにきて「このあとあの娘にキスしてみてもいいかなぁ?どう思う?」と聞きに来るようなやつだった。その時の僕の返事は決まって「Go ahead」だったのだけれど。

彼が去る1日前の夜、彼の送迎も兼ねてみんなでダンスパーティに行った。翌日朝6時の飛行機に乗るというのに深夜の二時半まで踊り呆けていた。その後家に帰り、彼のギターを背負いながら朝4時の空港まで見送りに出かけた。「ブラジルに来るときには必ず連絡してくれ、マイ・ブラザー」その言葉を残してエントランスゲートの向こう側に消えていった。家に帰って彼の部屋を除くと日本の常識では考えられないくらい汚れて散らかったままだった。翌日学校から帰るとホストマザーが怒りで絶叫を上げながら部屋の掃除をしていたけれど、僕は知らないふりをしてそのまま眠りについた。なんだか言葉にするとこれだけしかなかったのかな?と思うけれど、きっと人と人との関係性なんてそれくらいのものなのかもしれない。いつか僕がブラジルに行ったときに、彼と何処かに踊りに出かけていきたいと思う。

hiroshi ujiieday