12/20 AT THE IDEAL DINER @FLAGSTAFF
フェニックスからアリゾナシャトルという小型高速バスでフラッグスタッフという小さな街へ向かう。
この街はグランドキャニオンやアンテロープキャニオンなど、アリゾナの自然を楽しむ際の経由地となっている。
更にこの街は旧国道のルート66に面しているほか、映画フォレスト・ガンプの中で一瞬だけ出てくる街としても有名らしい。
※フォレスト・ガンプが一心不乱に走るシーンで10秒くらい出てくる
フェニックスから約150マイルほど北へ向かうのだけれど、窓から見える景色がまたも次々と変わって見える。
街から砂漠地帯へ、そして岩場、荒野、そして開けた道へ出ると途方もなく巨大な岩がそびえ立つ赤い台地へと変わる。植物もサボテンやヤシの木から、身長の低い木が多くなっていく。
道の途中でネイティブアメリカンの小屋やトレーラーハウスがまばらに見える。
車窓から景色を眺めるのは日本にいる頃から大好きだった。
特に山奥や人里離れた場所を走っているとき、例えば木々の隙間から光が差し込んだり隠れたりするとき。
大きな湖やダムを見たとき、夜更け過ぎで小さな集落に明かりが灯っているのを見るときだったり、そんな光景が目の前を通り過ぎていくのを見るのが好きだったことをふと思い出した。
アメリカの高速道路を走りながら見る光景は、スケールの桁が遥かに違う。
自分の目で見える範囲は日本でもアメリカでも変わらないはずなのに、こちらでは地平線の向こう側まで見えるんじゃないかというくらい景色が広く見える。そして、あらゆるものがとてつもなく大きい。
僕とその他7人くらいの客を乗せたシャトルは無言でその広大な荒野を駆け抜けていった。
フラッグスタッフは比較的小さな町だと思っていたけれど、観光産業で意外と発展しているように見えた。
日本で言えば熱海とかに近い、例えばルート66キーホルダーやペナントで町おこしをしている、そんな感じ。
とりあえず特にすることも思いつかなかったので、せっかくなのでルート66沿いを走るバス(バスの番号も66)に乗って一番遠くまで行ってみることにした。
終着駅から10分程度歩くと、Mary's Cafeという寂れた小さなダイナーを見つけた。
色あせたネオンや三角屋根、ところどころペンキの剥がれた外壁。愛らしい家の形。全てが完璧に思えた。
店に入るとウェイトレスのおばさんが元気に迎えてくれる。
「フラッグスタッフへようこそ!どこから?」
「日本から来ました。でも今はポートランドに住んでいます」
「わざわざ遠いところ来てくれてありがとうね!」
アリゾナの僻地だからもう少し白い目で見られたりするんだろうか?と少しナーバスになっていたけれどそんなことは少しもなかった。ダイナーの隣のバーから、初老で白髪のいかにも労働者という風体のおじさんが出てきた。
おじさんは僕達を見るやいなや
「ようこそフラッグスタッフへ。来てくれて本当に、本当にありがとう」
と言いながら、すすで汚れた両手を僕のもとに差し出してきた。
本当にめちゃくちゃ汚かったけど、なんだかとても嬉しかった。
「だいぶ汚いけど、ごめんね」
「いえいえ、全然構いません。こちらこそありがとうございます。はじめまして」
「日本から来たのかい?私も昔日本にいたことがあったんだよ。沖縄の基地にいたんだ」
「そうなんですか!僕は沖縄にいったことがなくて」
「ハハ、コンニチハ、アリガトウ、ドウイタマシテ。沖縄は本当に綺麗で、人もとっても良くしてくれたよ」
その後も旅行の予定について少しだけ話したあと、おじさんは笑顔でダイナーを出ていった。
会話が終わる頃、頼んだこの店の看板メニューが運ばれてくる。
まるで巨人の靴なんじゃないかと思うくらい大きな肉のフライ、更に肉の挟まったビスケットに、芋3個分はありそうなポテトフライ。そしてグレービーソース。
アメリカのダイナーで出てくるものとしては、これ以上ないくらい適切な、あまりに馬鹿げた量の食事が出てきた。
胃が満腹感を感じる前に食べきらなければ、と慌てて肉のフライから食べ始める。
続いてポテトフライ、そしてビスケットと順調に食べ進む。普段の自分なら絶対に食べきれないだろうけれど、こんなにいい思い出を作ってくれた場所で食事を残すわけにはいかない。
水を度々注いでもらいながら、なんとか食べきることができた。
食べきった後、ゆっくりコーヒーを飲みながら店内を見渡す。広い店内にはまばらに人がいる。
仕事の途中に立ち寄っている人や、いつも来ている常連と思しき人がウェイトレスのおばさんと愉快に話している。
机や壁は全て濃い色のニスで塗られた木でできている。壁にかけられた色あせた絵や写真、テーブルクロスが年季を感じさせる。この店がいつできたのかわからないけれど、何十年も時を経てこの空間ができあがっているのだろう。たまに時代や雰囲気にすっぽりと包まれているような、ある種時代に逆行しているような感覚を覚えることがある。その感覚が、まさにこのカフェでの体験にほかならないと思った。
カフェを出て、そのままクレーターマウンテンという隕石落下によってできた山間の公園へと向かう。
ドライバーのおばさんの丁寧なガイドに導かれつつ、辺り一帯を車で回る。
しかしながら、一向にクレーターらしきものが見えてこない。
「すみません、クレーターはどこで見れるのでしょうか?」
「この一帯がクレーターよ!」
「えええ!?本当ですか?」
写真でみるような景色はどうやら航空写真でないと見れないらしい。
クレーターの規模が大きすぎて、山だと思っていたものが実は火口の一部だったようだ。
目的の景色は見れなかったけれど、クレーターへ向かう途中の道がとても美しかった。
倒れている木や、牧場、牧草地帯、隕石やラバーロックと呼ばれる岩石地帯。
夕焼けの時間帯とあいまった優しい光に照らされたそれらの輝きは、これまで見た車窓からの景色の中でも指折りの美しさだった。
フラッグスタッフの街に戻ってきたのは夜。
街はクリスマスのイルミネーションで控えめに彩られていた。
小さな町だと思ったけれど、どのバーやカフェにも人がたくさん入っていて、素敵な夜を過ごしている。
窓の外から楽しげな人たちを横目に見ながら、僕はスーパーでフルーツと水を買ってモーテルで食べた。
線路沿いのモーテルの窓から、全長500メートルくらいはありそうな貨物列車が大きな音を立てながら夜の闇の中走り去っていくのを眺めた。