12/19 FRANK LLOYD WRIGHT
朝目覚めると、雲一つない青空が広がっている。
ヤシの木や、ガソリンスタンドの看板が空に刺さるように伸びて、青い空とのコントラストが美しい。
ポートランドや東京とは違う空の色。乾いた空気に強い日差し。改めて旅行に来たんだなという思いが強くなる。
今日の目的はまだ人生で一度も見たことがない、フランク・ロイド・ライトの建築を見ることだ。
フェニックスにはTaliesen Westというライトが作った建築の他にも、教会や個人邸宅などがある。
今日のうちにどれくらい回れるかなと心配していたけれども、とにかくどれか一つでも見られればきっと満足だろうということもわかっていた。
バスに1時間50分ほどのって、目的地の最寄りのバス停へ向かう。移動にこんなに時間がかかるとは思っていなかった。ポートランドとは街の規模感が違うということに、この時点で気づいた。
「どこに行くんだい?」
「フランク・ロイド・ライトの建築を見に、このあたりまで」
「だったらこのバスをここで降りて、このバス停でこのバスに乗りな」
「絶対にタクシーを使うんじゃないよ!馬鹿にならないくらい高く付くよ!」
バスの運転手の黒人のおばちゃんが手厚く世話を焼いてくれたお陰で、何の問題もなく目的のバス停に着くことができた。
2時間近く乗っていたバスも、風景をみているだけであっという間に時間が過ぎた。フェニックスの道路は片側4,5車線でとても広い。昨日は夜だから見えなかったけれど、道沿いの店や電気屋、ガススタンドが信じられないくらい大きい。全てのモールがコストコ級の大きさで、それらが道沿いに次々と現れてくる。
家の形もポートランドとは全く違う。茶色い屋根に黄土色の壁。家自体も比較的新しく見え、平屋の家が多い。
メキシコとの国境に近いためか、南アメリカの雰囲気が感じられる家が規則正しく並んでいた。街路樹は20mはあろうかというヤシの木や、同じく今まで見たことがないくらい高くまで伸びるサボテンだった。そうした郊外の風景ばかりかと思っていると、高層ビルが立ち並ぶ都心のエリアが急に現れたり、その後ろには大きな山が見えたりして、とても不思議な感覚を覚える。
町並みを興奮気味に観察しているうちに目的に着き、Taliesen Westまで4マイル弱歩く。時間にして1時間程度。
歩いているうちに汗が吹き出してくる。日差しも強く、鼻筋が焼け始めているのを感じる。
「12月も終わりに差し掛かってるんだけど、、、」
と心の中で思いつつ、ひたすら無心で目的地に向かって歩き続けた。
一本川を越えると、風景が一気に砂漠に変わる。
まるで西部劇のような背丈の低い植物とサボテンが赤茶けた砂の中にポツポツと生えている。周囲に家は一件もなく、突如砂漠の中に建築らしきものがかすかに見える。それがTaliesen Westだった。
タリアセンウェストはロイドの自邸であり、スタジオであり、学校でもある。学生は今でも中で様々な作業を行っているため、もし学生のプロジェクトなどで館内が使用されているとツアーの道順が変わったりすることもあるようだ。ガイドのおじさんの丁寧でユーモラスな説明を聞きながら、一つ一つの部屋を丁寧に見てゆく。
「ロイドは自動車の運転が大の苦手で何度も事故をおこしているんだ」
「不思議なことに、ロイドの傑作と呼ばれる建築は彼の晩年に数多く作られている」
「彼の創造性や才能は晩年になっても衰えることはなく、頭の中のアイデアを形にしていくことで忙しかった」
「彼の座右の銘は"学ぶのではなく、作ること、手を動かすことが重要だ"」
話を聞いていると、図録でしかみたことのない彼の建築と、実際に訪れてみたときの感覚の違いが分かるような気がした。
タリアセンウェストでは自然を活かした(これまで本でしか見たことがなかったけれども、本に書いてあったとおりの)ロイドらしい建築を見ることができた。
例えば、天井が布でできているため自然光を採光できたり(布を通して部屋に降りてくる光は柔らかく優しい)、天井付近にガラスの小窓がついており、太陽の傾きに合わせて採光ができるようになっている。
※そのため、雨が降ると天井から落ちてくる雫から図面を守ったりする必要があったらしい
家の中に蛍光灯など、人工的な明かりはあまり設置されていなくて、夜になると月の光やろうそくの明かりに頼るようになるのだろう。
学生が使っているスタジオの窓からは、砂漠やその向こうに果てしなく広がる地平線や、庭に設置された美しい池が見える。僕は特にこのスタジオからの長めが好きだった。もし、僕がここで働いていたら、ということを妄想する。朝気持ちよく起きてスタジオへ行く。疲れたら庭に出て外を眺め、風を感じながら一休みする。日が沈んだら作業を切り上げて、自分の部屋で読書をする。常に光や風の心地よさを感じることのできる素晴らしい環境の中で、仲間と一緒に勉強や仕事ができたらどんなに素晴らしいだろう?
ソーシャルルームは、天井が低いのにもかかわらず開放感があった。配置された一つ一つの家具、そしてそれはロイドによってデザインされたものでもあるのだけれども、どれも素晴らしいデザインで、腰掛けると見た目とはちがった感触があることに驚く。
書斎やベッドルームも、最小限の要素で構成されており無駄がない。比較的質素だったけれども、気品があり、勤勉なロイドらしさを物語っているように思えた。キャバレーでは、なるべく電気を使わないように床下に空洞を作って音が自動的に反響するようになっていた。ガイドのおじさんがその場所に立って喋ると、マイクを使っていないのに声が大きく反響していた。
自然の力を利用するための建築的な技法と、人間が心地よいと思える物質的なテクスチャが一体になった建築、というのが端的な印象といえるのかもしれない。これまで自然をコンセプトに掲げた建築、例えばガウディやヴァッサーを見たときには感じなかった(比べるべきではないのかもしれないけれど)、機能美と言えるデザイン性、人間が実際に長い時間を過ごすことを十分に考慮して作られたものであることを感じた。
60分のツアーもあっという間に終わり、帰路に着く。ツアーを見ているときには気づかなかったけれど、足が疲れて棒のようになっている。街に戻る頃にはもう4時を回っていて、昼ごはんとも夜ご飯とも言えない中途半端なご飯を食べて、モーテルへ戻った。