ESSAYS IN IDLENESS

 

 

COCKSUCKER BLUES

偶然見つけた「Cocksucker Blues」の情報を見て、すぐにチケットを買い美術館に向かう。
美術館に着くと、チケットの順番待ちの長い列ができていた。

Cocksucker Blues」はロバート・フランク監督のローリングストーンズのドキュメンタリーフィルム
彼が映画を撮っていることは知っていたけれど、ドキュメンタリー、ライブフィルムを撮っているのは知らなかった。間違いなく素晴らしいものだろうと見る前からわかっていたし、仮に素晴らしくなかったとしても絶対に後悔することはないだろうと思っていた。

映画館に着くと、既に会場はほぼ埋まりかけている。先程並んでいた人たちも入れるかどうか怪しいところだ。
「今日はチケットが完売してます(completely sold out!)、席をなるべく詰めてください」という会場アナウンスが流れる。「ここ空いてるよ!」「ここ詰めたから3人入れるよ!」とお客さん同士で勝手に席を作り始めるのがすごく素敵だった。映画が始まる前にMCが入る。

「大切な金曜の夜にここにきてくれてありがとう。皆さんの愛するローリングストーンズ、そしてロバート・フランクの上映を開始します。この映画はReel Music Festivalという企画上映の一部になっています。素晴らしい映画しかないので、皆さん是非全ての映画を見てみてくださいね」

会場から拍手が起こる。そして映画が始まる。前列のほうから指笛と歓声が上がる。
ちょくちょく遅れて出入りしてくる人たちからはマリファナの匂いがしていた。

映画を見始めてから開始1秒で完全に心を奪われてしまった。
粒子の荒い白黒映像に映し出される人物のクローズアップ、そして映し出されるミック・ジャガーやキース・リチャーズ。スポットライトの光が強すぎて、もはや何が映っているのかわからないほどの映像の鮮烈さ。ギターやピアノを弾く彼らの姿形の美しさといったら、形容し難いもので、そして圧倒的にかっこいい。突如カラーフィルムに切り替わったときの、目の覚めるような昔のフィルム特有の色彩の鮮やかさ。言葉でいくら書いても、この衝撃は伝えきれるものではないだろうから、もしこの文章を読んでいる人がいたら是非映画を見てみてほしい。

映画自体はライブの場面をはさみつつも、どちらかというとメインはステージ外の部分で構成されている。
例えば、楽屋でだらけたりドラッグを決めたりしているところ。プライベートジェットの中でグルーピーと乱痴気騒ぎをしていたり、ホテルの部屋からテレビを投げ捨てたり。
かなり刺激的というか明らかに違法行為をしているシーンも多いけれども、個人的に印象に残っているのはただ部屋でタバコを吸いながらレコードを聞いていたりするところや、彼らの周りの人々。例えばローディや、彼らのコンサートに来ているファンの熱狂だったりする。
そして、彼ら自身がお互いを8mmやカメラで撮り合っているシーンがとても好きだった。
必ずしもメインじゃない部分だけれども、全てが他の誰にも再現し得ないユーモアに溢れている。それを捉えたロバート・フランクも、そして彼らを取り巻く環境全てが物語の一部となり、ローリングストーンズという存在を物語っていたように見えた。そして、こういった類の人間はただ画面内に存在しているだけで、それがいかに凡庸な風景だろうと、圧倒的な力を持つものに変えてしまう力があるいうことに気付いた。ただホテルの部屋を映しているだけなのに、神がかり的な美しさを放っているなんて信じられなかった。

そしてもう一つ感じたのは、ロバート・フランクという人間の底知れぬ才能について。
「AMERICANS」で知られる彼の作風は、それまでドキュメンタリー的な、ユーモアさもあるけれどもシビアな作風のものが多いと思っていた。しかし、今回気づいたのはライブを撮らせても、仮にヌードを撮らせたとしても間違いなく世界でトップレベルの写真家になっていただろうということ。1972年当時にこの映画が撮られていたとすると、僕の知っているほとんど全ての写真家(ブレッソンやアジェ等のクラシックなヨーロッパの作家を除いて)よりも早い。
しかし、彼の残したこの映像の1コマ1コマの間に、僕の好きな写真家の持っている全てのエッセンスが含まれているように見えた。そしてその写真家のベストの写真よりも、むしろ良いと思えるほどだった。これは自分にとっては非常に大きな衝撃だった。
例えば、部屋でドラッグを決めているところはラリー・クラークそのままだし、裸で乱痴気騒ぎしているところなんてライアンそのもの。裸でベッドに横になっているところは文脈を考慮しなければナン・ゴールディン的でもあるし、自分の性器をいじっているところはメイプルソープっぽくもある。
部屋の中を映しているシーンはタルコフスキーのポラロイドなのかと思うくらい美しいし、おそらくそれ以上なんじゃないかと感じる。それらの作家がロバート・フランクの映像作品から何かを参照しているかどうかは知らないし、おそらく参照していないと思うけれど、あらゆる点でロバート・フランクのほうが先に高みに達していたように思えてならなかった。

そんなことを考えている間に、映画はあっという間に終わりに近づいていく。
ライブの映像が流れる度に「ああ、もしかしたらここで映画が終わるな」と思っていた。
そして何度めかのライブ映像のあと、ステージから降りるストーンズの面々に合わせて会場から拍手や歓声、指笛がなり始める「YEAHHHHHHH」という声が前列からいくつも上がる。多くの観客は立って拍手をしながらストーンズを見送っていた。こんな光景は日本で見たことがなかったし、ライブフィルムにここまでみんなで感動できるんだということと、その場面に出会えたことが幸せだった。

満足できないと歌う男たちの映画で、ただただ満足した。
 

hiroshi ujiieday, movie