ESSAYS IN IDLENESS

 

 

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Photographed by Shuhei Yoshida

ここにきて文章を書くのが本当に久しぶりだ。自分の思ったことや感じたことを書きのこさなければと思っていながらも向き合えなかった理由は根本的には釣りにハマりすぎたからでしかない。それと、毎週末自然にふれることで気持ちが発散されて、内省的な気持ちになれなかったからだ。今の自分の精神状態の健康さを鑑みるに、毎週末映画や文化に触れて心が揺さぶられること、友人や同僚の近況をふいにきいて自分を顧みること、自分になにがしたいのかを問いかける行為というのは果たして精神衛生上いいことだったのだろうか。

いまではもう北海道に住んで3年が経とうとしている。この文章を書いている今まさに、北海道に来てから3回目の冬が本格的に始まり、少しでも北や標高の高いところに行こうものなら猛吹雪とアイスバーンが行手を阻むようになった。釣りに行けば手は悴み、鼻水が止まらず、竿や糸は氷結して釣りにならなくなる、そんな季節が始まる。

3年も経つと厳しい北海道の冬にも慣れたし、雪道にも慣れた。絶対数年で交通事故を起こすだろうなぁ、、、と思っていたけれど今のところ大きな事故もないし、動物を撥ねて廃車にするようなことも起こっていない。文化から遠く離れ、都会から離れ、新しい田舎の暮らしも板についてきている。相変わらず友達は少ないけれど、なんとか楽しくやれている。平日は仕事をして、そのまま寝て、起きたらまた仕事をする日々。一日二食から三食、ときには一食を自炊し、たまに夜に買い出しにいって作り置きを作って寝る。家から一歩も出ない日が多く、その分土日はほとんど家に居ない。多くを失った気がするけど、思ったよりも寂しくも苦しくもない。

去年は函館方面を友人と少しのあいだロードトリップをして、美しい洞爺湖を見たり函館の夜をみて『きみの鳥はうたえる』(三宅唱監督)の映画に見る風景を味わったりもした。たくさん釣りに行ったし、旭川に引っ越してから繋がった人たちとたまに会ったり、釣具屋の店員と仲良くなったりしながら、ほんの少しずつだが交友の輪が広がっていった。利尻島にいったり、紋別に流氷を見にいったりもした。北海道にはそこらじゅうに圧倒的な風景がたくさんあって、そのどれもが感動的なものだった。

今年はサクラマスを釣りにオホーツク海に出向いたり、例年通り紅葉の屈斜路湖でヒメマスを狙ってみたり、特に計画もなく根室や襟裳岬を目指したりもした。荒涼とした景色の先には北方領土が見えたり、初秋の阿寒川で大きなニジマスを釣ったり、オホーツクの秘境の羅臼までいってカラフトマスを狙ってたりもした(全く釣れなかった)。秋は天塩川にしつこく通って1mオーバーのイトウを狙っているもののまったく釣れず、針にかかるのは釣ってはいけない遡上アキアジのみ。新しいことに挑戦しようとしすぎるために釣果が振るうようなことはあんまりないのだが、探究心を燃やして毎週末新しい釣り場を探している。同じ道を通ることもたくさんあるけれど、行くたびにその美しさに今でも胸を打たれる。まだまだ知らない街や土地はあるけれど、なんだかんだ足掛け3年で北海道全域を訪れることができた。まるで外国に訪れたかのような新鮮な気持ちで毎週末を過ごすことができていて、いってみたい場所が全然尽きない。

宮城で生まれ18年を過ごし、アメリカへ行き、東京で15年を過ごし、北海道で3年を過ごした。自分はこれからどこで働いて、どこで暮らし、どこで死ぬのだろうと、最近たまに考える。なんだか、東京には戻れないのかもしれないと薄々思ったりもしている。高い家賃や、どこに行っても混んでいる道路や電車、なにかと便利だけどどこか不自由な都市だと感じてしまい戻りたいという気持ちにならない。歳をとって自分に働き手としての価値がなくなったら、セイコーマートで働いて北海道に貢献したいだとか、そんなことを考えたりもした。

親友には子供ができたそうだ。嬉しいことこの上なし。自分の周りで大きな人生の転機を感じる。独身のうちに、若いうちに、できる限り感性が生きているうちに、親友たちと大きな旅ができて本当によかった。モーテルのベッドバグにビビり散らかしたり、In-n-Outを食いまくったアメリカの日々。シーランチで見た自然と渾然一体となった圧倒的な風景。パームスプリングスのピンクの夕焼け。無理して泊まったエースホテル。もう戻らない輝かしい日々が懐かしい。

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