ESSAYS IN IDLENESS

 

 

SEE EVERYTHING ONCE / TRIP TO SOUTHERN DAY34

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朝のハンニバルの街は相変わらず静かだった。川の向こうを見据えるマーク・トゥエインに別れを告げ、朝焼けに染まる川と美しい町並みを跡にした。イリノイ州側からグレートリバーロードを下り、雄大なミシシッピ川の流れを見ながらドライブを続けた。おそらくこの川を見るのは今日で最後になるだろう。相変わらずその流れは雄大だった。波風一つたっていない川面は冷たい空気も相まって凛とした佇まいを見せている。時代を超えて歴史を紡いでいたこの川の姿は普遍的な美しさがあった。

ルート66とミシシッピ川、アメリカの母と呼ばれる道と、アメリカの歴史そのものとも言える川が交わるところがミズーリ州セントルイス。ミシシッピ川を挟んで西がセントルイス、東がイーストセントルイスと呼ばれる別の街だ。イーストセントルイスは治安が全米最悪と呼ばれる街の一つで、殺人率に限って言えば全米で一番らしいセントルイスに留学に行っていた友人は学校の先生から「窓から顔をだすな」と言われていたらしいけれど、このイーストセントルイスにおいて徒歩移動をすることは自殺行為に等しいようだった。セントルイスからイーストセントルイスに向かう途中に信号待ちをしていたら、隣の車のボディには無数の銃痕が付けられていたし、まあそういう場所なのだと思う。イーストセントルイスは黒人の居住率が95%を超えている、それは低所得の黒人がセントルイスから追いやられた結果によるもので、その結果がこの殺人率と治安の悪さに現れている。その修羅の地イーストセントルイスのゲットーの中にあるのが、音楽史上に名を連ねるマイルス・デイヴィスの生家だった。例によって道路のサインには「Miles Davis」と書かれた標識が建てられているので彼の家は割りとすぐに見つかった。コンビニエンスストアもケンタッキーフライドチキンも、スーパーもガススタンドも全てが空き巣にあったように破壊されていて、この町で商いを続けている店はおそらくその筋の人の店しか残っていないのではないかと思える。そんなわけでイーストセントルイス一帯がほぼ廃墟と化した廃村のような感じなのだけれど、彼の家だけは丁寧にメンテナンスがされて真新しい(新しすぎる)見た目を保っていた。彼の家がこうして残されているのは最後の良心のようでもあるし、最も大切な魂であるような気もする。何より、アメリカを代表する陸路と水路の交わるところからアメリカの音楽の象徴のような人間が生まれてくる事自体できすぎたストーリーのように思えてならなかった。

ルート66へと入ると、逆さにしてもこぼれないという有名なシェイク屋に立ち寄る。そこにはたくさんの観光客がきていて、子供が楽しそうにシェイクを頬張っていた。店舗も可愛い外装で店員のおばちゃんたちもどこか誇らしげに忙しくシェイクを作っている。ルート66味というシェイクをたのむとカスタード味で、それを飲んでいると旅した気分になるし、なによりお腹いっぱいになって、これがこの日の最初の食べ物なのに満足してしまった。1カップで1000カロリーは下らないくらい甘かった。こんな破壊的なデザートが流行るなんて罪深すぎると思うのだけれど、やはりシェイクは美味しすぎて毎日でも飲みたいと思う。ふとIn-And-Outのシェイクが飲みたいと思ってしまった。ルート66沿いの街は意外としっかりしていて、南部を走っていた頃とだいぶ印象が違う。スクールバスから降りる子供、それを迎えに来るお父さんとお母さん。農具を積んで走るトラックや仕事帰りのサラリーマン。いろんな人がこの道をいまだに使っている。ルート66はメインのハイウェイのすぐ脇を通っているので、ハイウェイを走ったほうが道が整備されていて楽なのだけれど、ここまできたら意地でもルート66を降りるまいとビュンビュンと100マイル以上のスピードで進んでいく大量の車を脇目にゆっくりと進んでいった。そのうちキューバと言う街の名前についたので一休みをする。地図を見ながら煙草を吸っていると、どうやらミズーリ州にはキューバもあるし、パリもフロリダもルイジアナもあった。全てが町の名前だった。アメリカにはこうした地名が非常に多くて、ふとパリ・テキサスのことを思い出したのだけれど、元々アメリカ人からしてみたらあの街もきっと何の変哲もないアメリカの街の一つなのだろう。あの街を見つけられたのはきっと監督自身がアメリカ人ではないということも考えられるのだろうか。

そのまま西へと車を進めていくとローラという街にたどり着いた。その頃にはもう夜になっていた。街は少しだけ他の街よりも大きく、そこそこ美味しそうなレストランやダイナーを見つけることができた。少し車で街の中を回っているとスライスオブパイという名前のパイ屋を見つけた。老舗のような店構えで内装が最高に可愛いダイナーのようだった。閉店前で薄暗くなった店内ではやる気のない、けれどかわいい女の子の店員がうっすらとチェインスモーカーズをかけながら接客してくる。iPhoneをいじりながらレジを打つその子にキーライムパイとアップルパイ、そしてコーヒーを頼んで持ち帰りに。レジ前のショーケースにはまだまだたくさんのパイがホールごと残っていた。買ったパイは8当分くらいのサイズを予想していたけれど、4分の1カットの大きさのパイで1つ1つがずしりと重い。どうしてアメリカの食べ物はピザにしてもパイにしてもこんなに大きいのだろうか。味はざっくりとアメリカらしい味がして美味しかったけれど、とてもじゃないけど食べ切れそうにない。キーライムのパイはクリームが甘すぎず酸味が爽やかだったが、半分も食べきれずに箱の中に戻した。お腹がいっぱいすぎて何もする気にならないものだからそのまま車の中で暫くラジオを聴いて過ごした。地元のラジオ局がスタンダードなジャズのナンバーを流していて、やはり僕の予想通りマイルス・デイヴィスが流れてきた。今まで自分はマイルス・デイヴィスの音楽について何も理解していなかったし、どちらかと言えば背伸びをしながら聴いていたように思う。もちろん好きなアルバムはあるし素直に格好良いと思える曲もたくさんある。けれど今、アメリカの地でラジオから偶然に流れてきた彼の曲を聴いているとそうした「無理をしていた」自分がいたことも忘れるくらいにすっと身体の中に音楽が入ってくるような心持ちがした。長らく忘れていた音楽を好きになる瞬間を思い出した。

hiroshi ujiietravel