SEE EVERYTHING ONCE -DAY27-
アイオワのデモイン空港近くのモーテル、やたらと早朝に目が覚める。なんだか寝れない夜だったのだけれど、こんなときはコーラやらコーヒーやらをとりあえず飲んで目を覚ましてから気分に任せてドライブを始めるのに限る。
早朝の光は綺麗だった。いつも二度寝ばかりしてしまってこうした澄んだ空気と新鮮な陽の光を見る機会はあんまりない。この空気に包まれる度に早起きをしなくては、と思うのだけれど二度寝の誘惑には抗いがたい。早朝のドライブでいいところは車が少ないことだ。もちろん安全に走れるということもあるのだけれど、何より気持ちがいい。デ・モインに向かう方面のハイウェイは渋滞が始まっているのだけれど、これから郊外に出ようとする道路はガラガラで、疾走感のある曲を聴きながら少しだけ窓を開けて走るのが最高にいい感じだ。
アイオワから真っ直ぐネブラスカを目指す。アメリカの中で最も見どころのない州とも言われるネブラスカ州、僕はアレクサンダー・ペインの『ネブラスカ』のイメージしか持っていないのだけれど、もしそのイメージが本当だとしたらそれだけで行く価値がある。いくつかのシーニックバイウェイを見つけた、というかネブラスカ州自体に観光地というものがなさすぎて、こうした道路とそこから見える景観自体が名所のように扱われているようにすら思える。空はあいにくの曇りで、過ぎ去る街々は本当の意味で廃れきっていて、人通りも車も少ない。グラフィティひとつなく、教会やそういった類のものも見当たらない。これまで見てきた州の中では断トツで田舎というか、時に置き去りにされたような場所だった。行く先々では農場と線路、廃屋のようなガススタンドや、こわれかけたレストランばかりでデトロイトよりも薄気味悪いようにも思える。眺めがいいと評判の道もこれまでの道のりに比べると平坦で退屈に思えていた。仮眠を取った後、ガススタンドを探すが時間外のため営業しているところが見つからず、ガス欠を起こしてしまった。路肩に車を停めて通り過ぎる車を待てども全く来ない。ようやく停まってくれた親切なおじさんから街の近くまでいけるほどのガソリンを分けてもらった。数マイル先で見つけたミニマートでガスを入れ、ついでにコーヒーを買う。旅をしているとガス欠の危機にはよく見舞われるのだけれど、その瞬間の緊張感ったらない。運良くガススタンドを見つけられたときの安堵感も同様にかけがえのないものだ。コンビニの喫煙所で隣にいたコロラド州はデンバーからきたというおばちゃんと話をした。この時点でネブラスカは相当寒かったのだけれど、冬はブリザードがひどく天気が相当に崩れるらしい。ここは試される大地というか、本当の荒野の州なのだと思う。
その後さらに西に向けて進む。日が沈むころになると霧がちになり、幻想的な荒野が広がる。さらに日が落ちると辺り一面が青く染まる。荒野に引かれたレールの上を黙々と走る電車と並走しながら更に進む。強い雨が降り出す。暗くなったハイウェイには電灯一つなく、前を走るトラックの光がなければどこを走っているかもわからない。不安で仕方ないので一服しようにも、車を止める場所も見つからない。この状況を打開できたのは音楽だった。音量を全開まで引き上げてケミカル・ブラザーズの「Midnight Madness」をひたすらループでかけ続けると否応なしにテンションがぶち上がり、眠気も不安も恐怖も吹き飛ばしてくれた。
そんな時ふと車を停めて車内からあたりの写真を撮っていると不思議なことに気がついた。全く意識していなかったのだけれど、窓についた水滴に光が反射して美しい写真が撮れた。それはトッド・ハイドの写真の撮り方だということに気がついた。意図せず、彼が辿ったであろう作品の制作過程を発見したのだけれど、これは自分の中では大きな発見となった。現象として似たような写真が撮れる、ということではなく、偶然に彼と同じような行動をして、同じような考えから、この現象を発見できたのではないかと思えたからだ。彼の写真から感じられるのは孤独感をベースにした美しさだと僕は思っているのだけれど、それは彼の写真が車を使った孤独な旅の中で撮られている(もしくはそのように演出されている)と思うからだった。彼の美意識はもしかしたら僕と同じように旅をしている中で見つけられたものかもしれないと思うと、なんだか少しだけ嬉しい気持ちになるし、このネブラスカの荒涼とした風景やあいにくの雨や、これまで感じてきた恐怖感でさえ美しいものに思えてくる。どこか眠る場所を探そうとサービスエリアを探してみるが、google mapに従って辿り着いたレストエリアは完全にゲットーだった。積み重なった干し草の上にソファと便器が置いてあり、その前には「Free WiFi」と書かれた看板が置いてあった。近くに建物も駐車場もなくて、当然ながら電波もなかった。ホラーだった。仕方ないのでそのまま2時間ほど車を走らせて、ワイオミング州との境にあるサービスエリアで眠りについた。