ESSAYS IN IDLENESS

 

 

SEATTLE

北へ向かうバスへ乗り3時間と少し、ワシントン州シアトルへと向かう。日本人には馴染みの深いであろうこの街は、海沿いの坂の多いエリアに位置していて、サンフランシスコをそのまま小さくしたような印象を受ける。ポートランドではあまり見受けられないモダンな高層ビル群が所狭しと空に向かってその背を伸ばしている。そのビルの隙間を歩けば、スーツを着たビジネスマンや観光客が忙しそうに行き交っている。アメリカの都市部特有の風景とでも言ったら良いだろうか、何か既視感のある光景だったことは間違いない。街を歩いていても、もはや交通機関やその街の雰囲気に惑わされることもなく、自分が明らかにアメリカという土地に慣れてきていることを感じる。正直なところ何の目的も定めていなかったのだけれど、ただひとつ行きたいこところがあったとすればカートコバーンの生家だった。都市部からバスで40分ほどの場所に位置するその公園は、静かで小さな、何の変哲も無い場所だった。カートコバーンが多くの時間を過ごしたと言われるそのベンチには、今なお世界のあちらこちらから来る彼のファンによってメッセージが書き添えられている。そのベンチに座ると、住宅街の屋根越しに湖が見える。気持ちの良い風と、美しい眺望は彼の心の支えにきっとなっていたんだろうなと思える場所だった。その公園のすぐ脇には彼が自死を行った家があり、今では誰かが普通にその場所に住んでいるようだった。そういえば、この家を舞台にしたラストデイズという映画を高校の頃に仙台の北四番丁シアターへ背伸びをして見にいったことがあった。その時見た風景がなんとなく頭をよぎった。なんだか眠くなる映画で、その時付き合っていた彼女も全く要領を得ないような感じで、気まずい雰囲気で映画館を後にしたのを覚えている。そんな折、全盛期のコートニー・ラブを思わせるような金髪に、穴だらけの黒ストッキング、カートコバーン風のサングラスに91年のニルバーナのツアーTシャツを着た親子と思しき二人組が公園にやってきた。セルフィーやポラロイドを1000枚くらい取るんじゃないかというほどの勢いでベンチの周辺を占拠し、静かに佇んでいた僕のことはお構いなし。その人達がどこかに行くのを待っている間に、今度は黒Tシャツにジーンズ、キャップを逆さかぶりにして口元にバンダナを巻いたハードコア・パンクキッズのような悪たれが4人ほどやってきてしまったではないか。4人でベンチの上に立ってベイプやら煙草やらを蒸すその光景はある意味で正しいような気がしなくもなかった。とにかく、今でもカートコバーンの音楽は若い人たちに支持されていることがわかっただけでも嬉しい気持ちになる。今では、あれほど何か一つの音楽に熱中してしまうことはほとんどなくなってしまったけれど、この日だけはiPodに入っていたイン・ユーテロとブリーチを何度も繰り返して聴いた。それが終わるととたんに手持ち無沙汰になる。仕方なく近くの公園やスケートパークをうろついても何か物足りない。危機感というか、刺激がきっと足りないのだろうと思う。この街にはサンフランシスコのミッションを歩いた時のような危なさと楽しさが混ざったような感覚や、ロサンゼルスやフェニックスのようなスケール感も感じられなかった。ただ、景色を消費していっているような感覚にとらわれる。少し前にオレゴンを旅したのに比べるととても毎日を過ごすことが容易で、新しい出会いに欠けていた。早めの晩御飯を済ませてホテルに戻り、そそくさとベッドに入ってその日の疲れを癒やした。

二日目はいくつかの公園を回ることにした。ボランティアパーク、ガスライトパーク、ディスカバリーパーク。ただゆったりと水面を眺めながらこれまで過ごしてきた日々を振り返っていた。気になったことをノートに書き留め、少し眠り、コーヒーを買いにいってはまた海や湖を見ながらただひたすらにぼーっとしていた。なんだかんだどこにいてもこうして水を見ながらただ何もしないということをしている気がする、ポートランドでも、アラスカでも。こうして水面を眺めている向こう側には高層ビルの摩天楼が見えるのはシアトル特有のものなのかもしれない。それだとしても、このアメリカの空の広さはシアトルのビル群も、忙しい人達も全てを受け止めるほどに広かった。この日はたくさん歩き回り(おそらく10マイル以上は歩いたような気がする)ので、早めに宿に戻り、中華街の据えた中華麺屋で手早く晩飯を済ませてベッドに潜り込む。相変わらずドミトリーの部屋は誰かの足の匂いだか体臭だかわからないがとにかく臭くて、ベッドの脇にある扇風機を回してみたのだけれど、それはただ単に匂いを満遍なく撒き散らすだけで何の効果もなかった。ただそんな匂いにもすぐに慣れてしまうもので、気づくとすこんと眠りに落ちていた。朝起きて、不親切極まりないホステルのフロントにキーを返し、シアトル郊外へと旅に出る支度を済ませた。有名な観光名所はすべからくスルーしてしまったけれど別に何の後悔もなかった。

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